白き鈴の音
嵐を起こすポケモンたちの喧嘩に巻き込まれた翌日、オレはその時保護したコアルヒーの見舞いにポケモンセンターを訪れた。
受付に聞いたところ、今は中庭で遊んでいるらしい。昨日は火傷が酷くて入院することになったが、もう回復したんだろうか。
案内されたポケモンセンターの中庭はそれなりに広く、色んなポケモンやトレーナーが休憩したり遊んだりしていた。
地面を覆う芝生は綺麗に手入れされていて、花壇には色とりどりの花が咲いている。中庭にあるにしては立派な1本の木の上には、野生なのか近くのトレーナーの手持ちなのか、エモンガやコロモリがとまっていた。
コアルヒーの姿を探しながら奥に進む。と、小さな池で泳いでいるのが視界に入った。同時に池の前に立つ職員の女性に手招きされる。
「こんにちは。コアルヒーに会いにきてくれたの?」
「はい。具合はどうですか?」
尋ねながらコアルヒーを見やると、のんきそうな顔で見つめ返された。ぱっと見傷は残ってなさそうだ。
「怪我はすっかり治ったんだけど……」
だが、職員は浮かない顔で言葉を濁らせた。元気そうなコアルヒーとは対照的な声色に不安が過る。
「なにかあったんですか?」
「それがね、このコ、飛ぼうとしないのよ」
「飛べないって、怪我のせいで?」
後遺症ってやつだろうか。ちょうど翼の付け根をやられていたし。
だが、その予想はすぐに否定された。
「ううん、身体はどこも問題ないの。問題があるのは心の方」
「心?」
「あくまでドクターの考えだから、このコが本当はどう思っているかはわからないけれど、飛行中に怪我をしてしまったせいで空を飛ぶのが怖くなってしまったみたいなの。見たところ産まれて間もないみたいだから、まだまだ練習中だったのでしょうし。だから、飛べるようになっても頑なに空を飛ぼうとしないのよ」
職員の話を聞いているのかいないのか、コアルヒーはぱちゃぱちゃと翼で水面を叩いている。その様子はとても楽しそうで、とてもじゃないがトラウマを抱えているようには見えない。
けど、あんなふうに空から落ちたら、飛ぶのが怖くなるのも無理はないか。
「こいつ、これからどうなるんですか?」
「野生には返せないから、ポケモンの保護施設に預けることになるでしょうね」
「なら、オレが連れていってもいいですか?」
「いいの? あなた、ジムに挑戦してるんじゃ……」
飛べない、なんてハンデを背負ってる鳥ポケモンにバトルは難しいだろう、と見開かれた職員の目は語っていた。
「べつにチャンピオンを目指してるわけじゃないですし」
だから、ポケモンバトルができなくても問題はない。
「まっ、これもなにかの縁ってことで。もちろん、コアルヒーが了承してくれればの話ですけど」
正直、深い考えがあるわけじゃない。ただの思いつきだ。本当に、ただなんとなく縁を感じただけだった。
だから、そんな簡単にトラウマ持ちのポケモンを渡すことはできない、と断られる可能性も考えていた。だが、意外にも
「そうね、このコも旅をすれば、また飛びたくなるかもしれないし。このコが望むなら、どうか連れていってあげて」
職員は快く賛成してくれた。
そうとなったら、さっそくコアルヒーと話そう。
せっかくだからと、ジャノビーのタージャ、ハーデリアのリク、シママのシーマ、モグリューのグリ、ヒトモシのユラも外にだす。5匹ともボールの中で話は聞いていたらしく、多少反応に差はあれど、すぐにコアルヒーの方に向き直った。
シーマとグリがコアルヒーを呼ぶように鳴き声を上げる。オレも池の縁に膝を着いてコアルヒーを呼ぶと、クワァと返事をして大きな瞳で不思議そうに見上げてきた。
「はじめまして、じゃねえけど、お前は覚えてないだろうから、やっぱりはじめましてかな。オレはミスミ。こっちは、タージャ、リク、シーマ、グリ、ユラだ」
タージャは軽く鼻を鳴らし、リクはその後ろで挨拶するように鳴く。シーマとグリは飛びかからん勢いで飛び跳ね、ユラは軽くお辞儀をした。
コアルヒーはクアーと鳴きながら軽く片翼を上げて挨拶を返した。わりと人懐こいやつなのかもしれない。
「なあお前、オレたちと一緒に旅をしないか?」
そっとコアルヒーに手を差し出す。横からシーマとグリも誘うようにコアルヒーの顔を覗き込んだ。
「クアー」
のんびりとした声が聞こえて、躊躇うことなく濡れた翼が差し出した手に置かれる。
オレはにっと笑って、コアルヒーを抱き上げた。
「よし、じゃあよろしくな!」
「クア!」
腕の中でコアルヒーがパタパタと羽ばたく。柔らかな羽毛があたって、少しくすぐったかった。
「まずは、ニックネームをつけてやらないとな。……そうだな、コアルヒーだから真ん中をとってアルはどうだ?」
「クアー」
応える声は明るかった。多分それでいいってことだろ。
「よし、じゃあお前は今日からアルだ」
「クア!」
******
せっかくだから、アルをフードに入れてライモンシティを見て回る。娯楽の街と呼ばれるだけあって、背の高いビルばかり並んだヒウンシティよりも景観に気を遣っているらしかった。広々と整備された道も立ち並ぶ背の低い建物もどこか洒落ている。ぐるりと街を囲む堀に湛えられた水は鏡のように青空を映し、等間隔に並んだ噴水から噴き上がった水が水面を揺らしていた。
産まれたばかりだからかアルは街を見るのもはじめてらしく、なにを見てもはしゃいだ声を上げた。それがあまりにも楽しそうで、つられてこっちまでテンションが上がった。
街に流れる音楽に合わせて鼻歌を歌いながら、とくに目的もなくぶらぶらと歩く。正直、遊ぶ場所が多すぎてどこから見て回るか決めかねていた。前はゆっくりできなかった遊園地で遊ぶか、バトルサブウェイに挑戦してみるか。ライモンにきたんだから、スタジアムで野球の試合も見てみたいな。
こうなったら、適当に歩いて最初に辿り着いた場所から見てみるか。
そう決めて適当な角を曲がると、見覚えのあるポニーテールが視界に入った。
「アマネ?」
名前を呼ぶと、ポニーテールの少女が振り返る。その活発そうな顔は、確かにリバティガーデン島で出会ったアマネのものだった。
「ミスミ君! 久しぶりね」
「アマネもライモンに来てたんだな」
「近くまできたから、親に顔を見せにね」
アマネはちょっと苦笑を浮かべた。
そういや、ライモン出身だって言ってたな。
「ところで、そのコアルヒーは? 前会った時はいなかったわよね?」
「ああ、さっき仲間になったんだ」
自分の話題になったことを察して、アルは片翼を上げてアマネに挨拶をした。アマネもこんにちは、と挨拶を返す。
オレは簡単にアルのことをアマネに話した。
「嵐を起こすポケモン……トルネロスとボルトロスね」
「知ってるのか?」
「ええ、あたしも何回か遭遇して大変な目にあったから。でも、その2体を鎮めたポケモン、ランドロスっていうんだけど、そのポケモンは見たことないのよね。トルネロスとボルトロスが揃ってるところも見たことないし。ミスミ君たち、すごい場面に立ち会ったのね」
「そうなのか……」
そう思えば、あれもいい思い出に……なるか?
飛べなくなったアルのことを思うと微妙だな。
「アマネの方はあれから変わったこととかあったか?」
「そうね……あっ、この前ヒウンでミスミ君の幼馴染のチェレン君とバトルしたわよ」
「えっ、まじで?」
アマネには前に会った時にチェレンとベルのことも話していたが、まさか実際に会ってバトルするとは。意外と世間って狭いのか?
「あまり話はできなかったから確認はとれてないけど、多分ミスミ君の幼馴染だと思う。チャオブーを連れてたし、チャンピオンになるのが夢だって言ってたし」
「じゃあ、きっとチェレンだな。それで、どっちが勝ったんだ?」
「新米トレーナーに負けるほど、鈍ってないわよ」
アマネは不敵に口の端を上げた。
やっぱりな。同い年といっても、アマネの方がトレーナーとしては何年も先輩だからな。アマネのポケモンもかなり鍛え上げられていて強そうだったし、トレーナーになりたてじゃ歯が立たないか。
もしかして、4番道路でチェレンの様子がおかしかったのはアマネに負けたせいか?
実際どんなバトルだったかは知らないが、もし同い年のトレーナー相手に手も足もでなかったとしたら、焦るのも無理はないかもしれない。なんせ、あいつの夢はチャンピオンだからな。
「ミスミ君ともバトルしてみたいけど、今からひとと会う約束があるのよね」
アマネは残念そうにため息をついた。
オレも残念なような、ほっとしたような。アマネとのバトルは興味あるが、今のレベルじゃ惨敗する予感しかない。
「オレはしばらくライモンにいるから、時間があったら連絡くれよ」
「そうさせてもらうわ。それじゃ、またね」
「またな」
アマネは爽やかに手を振って背を向けた。揺れるポニーテールを見送ってから、オレもまた適当に歩きはじめた。