いつか道となる軌跡
古代の城を出た時には、すでに日も暮れていたため、オレはトウレンさんの厚意に甘えて“そらをとぶ”で一緒にヒウンシティまで戻った。トウレンさんはライモンシティまで送ると言ってくれたが、そこまでしてもらうのは悪いし――トウレンさんのポケモン、トロピウスは砂嵐でダメージを受けるから余計に――、なによりはじめて行く場所は自分の足で歩いていってみたかったから断った。

それからホテルに一泊して、またライモンシティを目指して朝から4番道路を進む。
夜だろうが朝だろうが構わず、4番道路には砂嵐が吹き荒れていた。そのせいでイッシュでも1、2を争うほどの大都市同士を繋ぐ道だというのに、未だに工事が終わってないんだから、相当しつこく面倒な天候だ。人間にも天候の影響を受けない特性“ノーてんき”があればいいのにな。

そんなくだらないことを考えながら工事中の道を歩いていると、砂嵐の向こうに見慣れたシルエットを見つけた。

「やあ、ミスミ」

「チェレン、久しぶりだな」

真面目な方の幼馴染が誰かを待つように砂嵐の中で佇んでいた。駆け寄ると、眼鏡の奥の瞳に好戦的な光が宿る。

「君もビードルバッジを手に入れたんだろ?」

「ああ、ばっちりな」

「さっそくだけど、ビードルバッジを持つ者同士、どちらが強いトレーナーなのか確かめさせてもらうよ」

つまり、こいつはオレとバトルするためにわざわざ砂嵐の中で待ってたのか。

「ライブキャスターで連絡してくれればよかったのに。お前、時々馬鹿だよな」

「したよ。君は気付いてくれなかったけど」

恨みがましい目を向けられ、思わず目を逸らす。
まじで気付かなかった。いつかけだんだよ。朝飯の時か? あの時はシママのシーマとモグリューのグリがデザートの取り合いで喧嘩して騒がしかったからな。ライブキャスターの音が聞こえなくても不思議じゃない。
ほんと、チェレンってタイミングが悪いよな。

「悪かった、バトルしてやるから怒るなよ。それで、ルールはどうする?」

「4対4のシングル、入れ替えありでどう?」

「了解」

オレとチェレンはバトルをするために少し距離をとった。工事中とはいえ、広い道ってのはこういう時便利だよな。
お互いにモンスターボールを1つ手にとり向かい合う。目が合ったのを合図に同時にボールを投げた。

「いけ、シーマ!」

「頼んだよ、レパルダス!」

オレが投げたボールからはシママのシーマが、チェレンの投げたボールからはレパルダスが現れる
シーマは電気で鬣を光らせて、しなやかに着地したレパルダスを見据えた。レパルダスは目を眇め、尻尾をゆらりと振る。
チョロネコもレパルダスに進化してたのか。チェレンも着実に強くなってるんだな。

「シーマ、“ニトロチャージ”!」

シーマは全身に炎を纏って駆け出した。

「ファーストアタックの大事さ、きちんと理解しているね。でも、させないよ。“ねこだまし”」

炎を纏って突撃してくるシーマに、レパルダスが跳びかかる。両前足を突き出し、シーマの眼前で肉球を叩き合わせた。シーマは怯み、足を止める。全身を包んでいた炎も消えてしまった。

「“きりさく”」

軽やかに着地したレパルダスが素早くシーマの背後に回り、鋭い爪で背中を切り裂く。
咄嗟にシーマが後ろ脚を蹴り上げるが、さっと後ろに跳んで避けられてしまった。

「ちっ、ちょこまかと。シーマ、“でんじは”だ」

シーマは鬣の先から微弱な電気を放った。避けることのできない電撃を浴びて、レパルダスの動きが鈍くなる。
麻痺状態にしたところで、

「“ニトロチャージ”で近付いて“にどげり”」

シーマは再び炎を纏い、レパルダスに向かっていった。

「“ふいうち”」

レパルダスがシーマの側面に回り込み、鋭い爪を煌めかせる。だが、爪がシーマの身体に届く直前にレパルダスの動きが止まり、地面に膝をついた。その隙にシーマは2回続けてレパルダスの横っ腹を蹴り上げた。
悲鳴を上げてレパルダスは弾き飛ばされる。何度か地面を転がり、止まった時には四肢を投げ出してぴくりとも動かなくなっていた。

「レパルダス、あとは休んでいてくれ」

チェレンは顔を曇らせてレパルダスをボールに戻した。だが、次のボールを掴んだ時にはもう瞳から翳りが消えていた。
あくまで冷静にチェレンはボールを投げる。

「ここは君に任せたよ、チャオブー」

ボールが地面にあたって開き、どっしりとした体格のオレンジ色のポケモンが現れた。チャオブーが鼻を鳴らすと、鼻の穴から火が噴き出る。

ほのお・かくとうタイプのポケモンだったな。
確実に弱点をつくならモグリューのグリの方がいいが、せっかく“ニトロチャージ”で素早さを上げたんだから、ここはシーマを続投させるか。

「シーマ、まずは“でんじは”だ」

シーマは微弱な電気をチャオブーに浴びせ、身体を痺れさせた。
と思ったが、

「チャオブー、“ニトロチャージ”」

チャオブーは持っていた何かを食べ、痺れているとは思えない速さで全身に炎を纏って突撃してきた。かわそうとするが逃げ切れず、横から突進されて弾き飛ばされる。なんとか一度は踏み止まったが、続けざまに炎の突進がきて膝をついてしまった。

「“つっぱり”」

「“にどげり”で受け止めろ」

チャオブーは掌で押しだすようにシーマを叩いた。何度も続けられる“つっぱり”をなんとか足で受け流す。

「木の実で麻痺を回復させたのか」

「そう、クラボの実を持たせておいたんだ。君の手持ちはわかっていたからね。でも、効果はそれだけじゃないよ。チャオブーは食べたものを体内で燃やすことで、パワーとスピードが上がるんだ」

なるほどな。一時的にパワーアップしてるってことか。
けど、木の実1個じゃ長くは持たないはずだ。
だったら、

「シーマ、“ニトロチャージ”で逃げながら時間かせげ!」

「逃がさないよ。こっちも“ニトロチャージ”だ!」

炎を身に纏い、シーマとチャオブーは追いかけっこをはじめた。力強く駆け回るシーマをチャオブーが地鳴りを起こしそうな勢いで追いかけ回す。2匹とも“ニトロチャージ”を使っているおかげで、どんどんスピードが増していくが、距離が縮まることはない。
やがて、チャオブーの鼻から黒い煙が上がり、わずかだがスピードが落ちた。

「今だ、“ワイルドボルト”!」

「そのまま“ニトロチャージ”で迎い撃て!」

シーマは身に纏う炎を電気に変え、Uターンしてチャオブーに向かっていった。炎を身に纏ったままチャオブーもシーマにぶつかっていく。
電気と炎が真正面からぶつかり、衝撃で砂塵が巻き上がる。思わず腕で顔を覆い、そっと間から2匹の様子を窺った。
電気と炎を纏ったまま2匹は鍔迫り合いのように押し合っていた。どちらも1歩も引かない。だが、しばらくしてシーマがぐっと地を蹴りチャオブーを押し倒した。仰向けに倒れたチャオブーは呻いたかと思うと、それきりぐったりとして動かなくなった。

「お疲れ、チャオブー」

目を伏せ、チェレンはチャオブーをモンスターボールに戻した。
どんなもんだ、とばかりにシーマが嘶く。

「よくやった」

と褒めてやると、シーマは前足を高く上げて何度も勝鬨の声を上げた。
そのさまをちらと見やり、チェレンはボールを握り締めた。

「僕がポケモンの力を引き出せば、まだ逆転できる」

自分に言い聞かせるように呟き、チェレンはボールを投げた。

「頼んだよ、ヤナップ」

ボールから出てきたのは、身軽そうな緑色のポケモン――ヤナップだ。
確か、くさタイプだったな。相性的にはシーマでも問題ないが、疲れてきてるだろうし、ここは交代させるか。

「シーマ、戻れ」

「ブルルルルゥ」

不満そうに鼻を鳴らされるが、気にせず「一旦休んでてくれよ」とボールに戻す。

「いってこい、リク」

オレはヨーテリーのリクのボールを投げた。
ボールから出てきたリクはふるふると顔を振ってから、ヤナップを見据えた。自分を奮い立たせるように、甲高い声で遠吠えを上げる。ヤナップは面白そうに目を細めた。
侮ってるのか、単にバトルが楽しみなのか。前者だったら、痛い目見せてやる。

「リク、“ふるいたてる”から“とっしん”」

リクは自身を奮い立たせて攻撃と特攻を上げ、地面を蹴ってヤナップに向かっていった。ぐんぐんと踏み出すごとに勢いが増していく。
だが、

「“つるのムチ”で足止めするんだ」

ヤナップの伸ばした蔓がリクの脚に絡まり、砂利の上に転ばされた。さらにもう1つの蔓に腹を打ちつけられる。リクは甲高い悲鳴を上げた。

「リク、“こおりのキバ”で蔓に噛みつけ」

リクの牙に冷気が纏わる。逃げるように蔓が外されるが、その前に氷となった牙で深く噛みついた。牙を立てたところから蔓が凍っていく。

「ヤナップ、振りほどけ」

チェレンの指示にヤナップは声を上げ、嫌々と駄々を捏ねるように頭を振った。同時に蔓もぶんぶんとしなり、リクの顎が外れる。さっと蔓を戻し、ヤナップはリクを睨んだ。

「よし、“タネばくだん”」

ヤナップの手に種が現れた。大きく振りかぶり、リクに向かって投げる。それを認識した時には、リクの頭に種がぶつかっていた。
一瞬、ふらっとする。が、すぐにはっと踏み止まって頭を振った。

「大丈夫そうだな。なら、次は本体に“こおりのキバ”だ」

「近付いてきたところを“けたぐり”」

牙に冷気を纏わせ、リクはヤナップに突撃していった。後数歩というところで、ヤナップの足が動く。瞬間、リクが跳んだ。頭上を越えてヤナップの背後に回り、肩に噛みつく。氷の牙がヤナップの肩を凍らせていく。

「“タネばくだん”」

ヤナップの手に大きな種が現れる。だが、それが投げられる前にヤナップが膝をついた。リクが牙を外すと、支えを失ってうつ伏せに地面に倒れる。四肢を投げ出したヤナップは、チェレンの呼びかけにも応えなかった。

「やったな、リク」

「きゃん!」

リクは嬉しそうに跳ねた。
みんなで特訓した成果がでたな。

「ヤナップ、あとは休んでいてくれ」

喜び跳ねるリクの向こうで、チェレンがヤナップをボールに戻す。
俯いた顔が今どんな表情を浮かべているのか、ここからでは見ることができなかった。
だが、次の瞬間上げられた顔には鬼気迫るものがあった。オレは思わず唾を呑み込んだ。

「頼んだよ、マメパト」

チェレンの投げたボールから、灰色の鳥ポケモン――マメパトが出てくる。
チェレンのマメパトを見るのははじめてだが、これまで何度も戦ったことのあるポケモンだ。リクでも充分戦えるはず。

「このままいくぞ、リク」

「きゃん」

気合いを入れてリクは鳴いた。よし、闘志はばっちりだな。

「“こおりのキバ”」

「“エアスラッシュ”」

地を蹴って駆け出したリクの牙に冷気が纏う。だが、それが届く前にマメパトが羽ばたき、空気の刃でリクを切り裂いた。怯み、足をとめたリクの牙から冷気が消えていく。

「“でんこうせっか”」

そこに電光石火の速度でマメパトが風に乗って突っ込んできた。嘴で腹を突かれ、リクが悲鳴を上げる。

「“こおりのキバ”」

また牙を氷に変えて噛みつこうとするが、アクロバットな動きでかわされ空に逃げられた。くそ、こいつも速い。

「だったら、“でんげきは”」

リクが放った電撃は一瞬でマメパトの元に届いた。呻き声を漏らしたマメパトがバランスを崩し、地面に落下していく。
どうだ、シーマ仕込みの電撃はきくだろ!

「マメパト、立て直して“でんこうせっか”」

マメパトは地面にぶつかる直前に体勢を立て直し、再び風に乗ってリクに突撃してきた。

「“でんげきは”」

マメパトがリクに突進したその時、暴発するように電撃が放たれた。
弾かれたように2匹が吹き飛ぶ。地面に叩きつけられ、2、3度転がった。

「リク!」

「マメパト!」

互いに自分のポケモンの名前を呼ぶ。その声に応えてくれたのは、リクだけだった。
震える足で立ち上がり、倒れたままのマメパトを見つめる。少しして、まるで勝鬨のように遠吠えを上げた。

「リク、よくやった!」

褒めてやると、リクは嬉しそうにオレの胸に飛び込んできた。
抱きとめて、わしゃわしゃと頭を撫でてやる。

「……流石だね」

いつの間にかマメパトをボールに戻していたチェレンが、ぽつりと呟いた。
砂嵐に紛れそうなほど小さな声だったが、オレの耳には確かに届いた。

「だけど、何故僕は勝てない!?」

独り言のように吐き捨てられた言葉に、オレはなんて返せばいいのかわからなかった。下手な慰めを口にしたら、かえって傷付けてしまう気がして、開きかけた口を閉じる。

こんなに悔しがるチェレンははじめてみた。
ゲームでオレが勝った時も、スポーツでオレが勝った時も、はしゃぐオレに呆れた顔をするだけだったのに。
どうすればいいのかわからず、ぎゅっとリクを抱き締めた時だった。

「きゃう!」

リクの身体が光に包まれた。どんどん輪郭があやふやになり、少しずつ重くなっていく。落としそうになったが、なんとか堪えて抱え直した時、一際強く輝いた。

「ばう!」

低い鳴き声に目を開けると、腕の中にヨーテリーの倍もあるポケモンがいた。押しつけられた鼻の辺りは、老紳士の髭のように長い毛で覆われている。逆にヨーテリーよりも目の周りの毛はすっきりしていて、精悍な印象を受けた。背中を覆う毛は黒く、まるでマントを羽織っているようだ。
オレはこのポケモンをよく知っていた。ヨーテリーの進化系、ハーデリアだ。

「進化した……」

「ばう!」

「やったな、リク!」

リクが進化したことが、それだけ強くなったことが嬉しくて、思いっきり抱き締めた。リクも喜んでオレの顔を舐めてくる。

(ランが進化した時のことを思い出すな……)

あの時もこんなふうに抱き締めて、ランに顔を舐められた。
勇敢な母親と違って臆病なくせに、こういう時の反応は一緒なんだよな。

少し目の奥が熱くなって、オレはリクの長い毛に顔を埋めた。
柔らかくてあったかくて、心地いい。ぐりぐりと顔をすりつけると、くすぐったそうに身を捩られた。

その時、

「おめでとう」

と、穏やかな声がした。顔を上げると、チェレンが口元に笑みを浮かべていた。

「君が強い理由は、ポケモンとの信頼関係かもしれない」

納得したような声でチェレンは言った。

「だけど問題ない。僕だって、チャオブーたちからもっと強さを引き出せるよ」

まっすぐ前を向いた顔に、さっきまでの暗さは微塵もなかった。
オレはほっとした。
チャンピオンを目指しているからポケモンバトルには真剣になるだけで、チェレンはチェレンだ。
そうとわかれば、オレもいつのように憎まれ口を叩ける。

「けど、次もオレが勝つぞ」

「そうやって油断するのが、君の悪い癖だよ」

チェレンがわざとらしく肩を竦める。
うるせえ、とオレは大袈裟に顔を顰めてやった。
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