ただ一つ確かなもの
タージャにこいつ正気か? という目で見られながらも白い石のあとをついていく。
オレだって普通じゃねえと思う。けど、今は藁にも縋る気持ちなんだ。

少なくとも、あの石は普通じゃない。一向に止まる気配がないし、傾斜がないように見える場所でも当たり前のように曲がってオレたちを導いていく。
明らかにおかしいが、グリのところに連れていってくれるなら、なんだって構わねえ。

白い石のあとを追って進んでいくと狭い通路に入り、そこを抜けると“フラッシュ”がなくても仄かに明るい場所にでた。
役目を終えたとばかりに白い石が止まる。ありがとな、と石を再びバッグに仕舞い、オレはグリの名前を呼びながら辺りを見回した。

と、奥でなにかが動いた。そっちに目を向けると、岩陰から大きな青いポケモンが現れた。
金にも見える角を持つそのポケモンはメブキジカに少し似ているが、四肢が太く逞しい。全身を覆う青い体毛もボリュームのある胸元の白い毛も、光沢があり硬そうに見えた。静かにこちらを見下ろす眼光は鋭く、ただそこにいるだけなのに圧倒される。神々しさすら感じるその佇まいに、しばし時間が止まった。

もしかして、こいつがコバルオン……?
イッシュのポケモンを火の海から救ったっていう……。

「ブルル」

と、シーマに小突かれてはっとする。
そうだ。コバルオンも気になるけど、今はグリを探さねえと。

「グリー、どこだー!」

大声で名前を呼ぶと、辺りに反響する。
コバルオンらしきポケモンが不快そうに唸った。

「悪い。グリを見つけたら、すぐに出ていくか、ら……」

伝わらないかもしれないが、一応謝っておこうとコバルオンの方を向いて――オレは目を見張った。
見間違いだろうか。コバルオンの足元にモグリューがいるような……。

「ぐりゅう……」

一瞬目が合って、拗ねたようにコバルオンの脚に隠れられる。
じとーと恨めしげにこっちを見る目、抗議するように唸る声。
多分、いや絶対にグリだ。
なんでそんなとこに、という疑問はあるが、今はどうでもいい。見つかったなら、やることは一つだ。

「グリ、さっきは悪かった!」

とにかく謝るが、ぷいっと顔を背けられてしまう。
喧嘩したことは何回かあるが、こんな怒り方をするグリははじめてだ。どうしたら許してもらえるのか。

「今夜は好きなもの好きなだけ食っていいから、機嫌なおしてくれよ、な?」

困り果てて普段なら絶対に言わないことを口にしながら、コバルオンの後ろに隠れるグリに近付く。
と、

「こふおおーん!」

コバルオンが雄叫びを上げ、頭を振った。瞬間、なにかに腰を掴まれ後ろに引っ張られる。
わけがわからず後ろを振り返ると、険しい顔をしたタージャがオレの腰に蔓を巻きつけていた。ジャノ! と怒鳴られて前を向く。さっきまでオレのいた地面に亀裂が入っていて、鋭い目をしたコバルオンが威嚇するように唸り声を上げていた。
コバルオンに攻撃されたのだと悟ってぞっとする。タージャが助けてくれなければ、あの地面と同じ目に合っていた。
そりゃ、コバルオンからしたら急に棲み処に入ってこられたうえに喧嘩に巻き込まれた状況なんだからキレるよな。

「わ、悪い! そいつを連れてすぐ帰るから!」

だからはやくこっちに来いグリ! と叫ぶ声は途中で引っ込んだ。
苛立たしげに地面を蹴ったコバルオンがまた頭を振ったからだ。鋭利に輝く金色の角が剣のように振り下ろされる。反射的に後ろに跳んで躱せたが、あと一瞬遅かったら斬られていた。
庇うようにタージャとシーマが間に入ってくれる。リクとユラとアルもかすかに震えながら足元に寄り添ってくれていた。

怒鳴るように声を上げて、シーマがコバルオンに突っ込んでいく。「下手に刺激するな!」と制止するが、聞くようなやつじゃない。
仕方なさそうに肩を竦めたタージャが“グラスミキサー”を放って注意を分散させ、その間にシーマが“スパーク”を放つ。が、コバルオンは2匹の攻撃をあっさりと受け流した。
すぐに追撃するが、あまりきいた様子はなく、なんなく薙ぎ払われてしまう。硬い地面に転がされた2匹は悔しげにまたコバルオンに向かっていった。

その様子に違和感を覚える。
コバルオンは確かにシーマとタージャに反撃しているが、オレに襲いかかってきた時のような獰猛さは感じられない。ただあしらっているだけのように見えた。そうでなければ、一撃でシーマもタージャも戦闘不能になっていたはずだ。
コバルオンが敵意を向けているのは、あくまでオレ一人だけってことか……。

ふと、コバルオンの伝説を思い出す。大昔、火の海からポケモンたちを救ったっていう伝説を。
それが本当だとするなら、コバルオンは他のポケモンを守るために戦うポケモンなんだろう。

ちら、と奥で背を向けているグリを見やる。その前には立ちはだかるコバルオン。
まるで守っているみたいだ、グリをオレから。

ふっ、と目の前が真っ暗になったような気した。

「グリ、お前、そんなにオレのことが嫌になったのか? ここでコバルオンと生きていくつもりなのか?」

「……ぐっ!」

グリはちらとこっちを見たが、すぐにまた顔を背けて力強く吐き捨てるように頷いた。
シーマのショックを受けたような悲鳴が辺りに反響する。

「そうか、わかった」

オレはオレなりにポケモンの声を聞こうとしてきた。
すべてのポケモンを幸せにできるなんて思えないし、ポケモンの真の幸せがなんなのかもわからないが、せめて手持ちのポケモンにくらいは幸せだと思っていてほしいし、そのためにオレができることはしてやりたい。
そのポケモンがオレといたくないって言うなら、仕方ない。

「それじゃ、ここでさよならだな」

ポケモンたちの戸惑う声がする。
それを無視して目深に帽子を被り、オレは足を

「……なんて言うか、馬鹿!」

グリに向かって一歩踏み出した。
ぽかんとした顔でグリが振り返る。やっとまともに目が合ったな、この馬鹿!

「お前もオレに色々言いたいことはあるだろうけどな、こっちにだって文句はあるんだよ! いつも勝手なことするし、バトルの時もたまに言うこと聞かねえし、ひとの飯はとるし、すぐ喧嘩するし!」

いつも怒ってることだが、改めて並べたら腹が立ってきた。なんなんだ、こいつ。
誤解したのは悪かったが、よくよく考えたら普段の行いが悪いせいだろうが。オレばっかり悪者にすんじゃねえよ。

「けどな、それでもオレはお前が好きだ! もっとお前と一緒に旅がしたい! だから、戻ってこい、グリ!」

大股でグリに近付いていく。その間に立ち塞がるコバルオンの角が鋭く光った。その角が剣のように振り下ろされる。
だが、

「ぐりゅー!」

オレを庇うようにグリが間に入った。その小さな身体が光を放つ。目を焼かれて反射的に腕で目を覆う。眩しい光の中で硬いもの同士がぶつかる音が響いた。

光が弱まったのを感じて目を開けると、大きくなったグリが――ドリュウズに進化したグリがドリルのような角と爪で金色の角を受け止めていた。

「こふ」

「リュウズ」

短く言葉を交わし、2匹は矛を納める。グリがもう一度頷くと、コバルオンはゆっくりと背を向け奥の岩陰に戻っていった。
敵ではないと納得してくれたようだ。

「騒がしくして悪かったな」

コバルオンには本当に迷惑をかけてしまったから、岩陰に向かって謝っておく。オレの謝罪なんかいらねえかもだけど。
それから、オレはグリに向き直った。

「さっきは誤解して怒って悪かった。許してくれ」

「ドリュ」

どすっと硬い爪で腕を強く叩かれる。結構な痛みがきて呻くが、こっちを見上げるグリの目は笑っていた。これでおあいこってことか。
多分、こいつとはこれからも何度も喧嘩して、こうやって仲直りするんだろうな。
だから、オレも笑ってやった。

「これからも、よろしくな」


→Next『対極をなす境界人
prev * 2/2 * next
- ナノ -