白き鈴の音
堀にかかった橋を渡ると、七色に光輝く大きな建物が見えた。星やモンスターボールで飾られた看板には「ミュージカル」と書かれている。前にテレビでやってたな。ポケモンだけが出演するミュージカルの劇場がライモンシティにオープンしたって。ここがそうか。
フードに入ったアルを振り返ると、ネオンの装飾が気に入ったのか、瞳を輝かせて劇場を見上げていた。アルも興味があるなら、入ってみるか。
そう言おうとした時、後ろから名前を呼ばれた。

「あっ、ミスミ!」

「ベル」

振り返ると、そこには幼馴染のベルがいた。
金色の髪と白のロングスカートを揺らしながら駆け寄ってくる。その隣にはフタチマルのミーちゃんが並んでいた。
いつものように転ぶんじゃないかと身構える。だが、ベルは珍しく躓きもせずに目の前までやってきた。

「ミスミもミュージカルが気になる?」

「ああ、ちょうど入ってみようかと思ってたとこ」

「じゃあ、一緒に入ろうっ!」

ベルは半ば無理矢理オレの手を引っ掴んでミュージカルの劇場の入り口をくぐった。
手を繋ぐのはいいけど、ぶんぶんと振り回すな。恥ずかしい。

エントランスは広く、開演を待ってるらしい人たちがたくさんいた。ずいぶんと人気があるようだ。
壁には今までの公演の写真が何枚も飾ってあった。様々なセットの中、着飾ったポケモンたちが踊っている。笑顔のポケモンもいればかっこつけたポケモンもいて楽しそうだった。アルにもわかるのか、熱心に写真に見入っている。

「ねっ! すっごいでしょ!?」

「すげーけど、なんでお前が得意げなんだよ」

何故か胸を張るベルに肩を竦める。
しかし、ベルはお構いなしに写真を指差しては、このコが可愛い、あのコがかっこいいと興奮気味に語り、ミーちゃんやチラーミィのチーちゃん、ムンナのムンちゃんにはどれが似合うかなーと夢想をはじめた。このクイーン・オブ・マイペースめ。
と、呆れていると、

「やあ、きみたち! はじめまして!」

横から老紳士といった風体のおじさんに声をかけられた。
ずいぶんと親しげだが、誰だこの人。

「わたしはこのミュージカルのオーナーです。よろしく!」

ミュージカルのオーナー? なんで、そんな人がわざわざ声をかけてくるんだ。地道な宣伝活動か?
首を捻りながらも「カノコタウンのミスミです」と自己紹介をする。ベルも「ベルです」と続けて軽く会釈をした。
オーナーはニコニコと人好きする笑みを浮かべて、頭の先から足の先までじっくりと眺めてきた。

「ふーむ! なんというか、きみたち、いい感じのトレーナーですねえ! ポケモンにグッズをつけて着飾ってあげることをドレスアップというのですが、ぜひやってみてくれませんか? こちらのグッズケースをプレゼントしますから!」

「えっ、なんで」

「ほんとに!?」

ファンシーなピンク色のグッズケースを掲げたオーナーにオレは困惑し、ベルは瞳を輝かせた。
オーナーは明らかにオレの方を見て苦笑した。

「このミュージカルはドレスアップさえできれば、誰でも参加できます。参加者が増えればミュージカルも盛り上がって観客も増えますから、きみたちのようにいい感じのトレーナーにはこうして声をかけているのですよ」

なるほど、マーケティングの一環か。べつに裏があるわけじゃなさそうだな。

「なら、ありがたく」

「あたしも!」

了承すると、鏡台や姿見が置かれた控室のような場所まで案内された。オーナー曰く、ここはドレスアップのみを行う部屋で、ミュージカル参加者の控室とはまた別らしい。
簡単な説明を受けて、オーナーからグッズケースを渡される。正直、オレが持つには可愛すぎるデザインだが、流石に文句は言えねえよな。

「それではさっそく、レッツドレスアップでございます!」

まずはドレスアップするポケモンを選ばないとだな。ベルは最初から外にだしていたミーちゃんをドレスアップすることに決めたらしい。
オレもアルでいいかな。ミュージカルに興味あるみたいだし。あと、ユラにもしてみよう。あいつも♀だから、意外と興味を持つかもしれない。
そう決めて、ユラをボールからだす。ユラは不思議そうな顔をしてオレを見上げた。

「今から、お前とアルをドレスアップしてやるからな」

頭を撫でて言うと、ユラはゆっくりと目を瞬かせた。状況がよくわからないようだ。まあ、やってみて興味を持ってくれたら御の字だし、興味を持てなくても色々と経験してみるのはいいことだろ。

ケースを開けて、入っているグッズを確認する。すると、アルも中を覗き込んできて、はやくはやく、とねだるように腕をつついてきた。

「わかったわかった。じゃあ、まずはアルからな」

ただ、オレ、こういうのよくわかんねえんだよな。
♀だから、とりあえずリボンでもつけてみるか。
まっかなかみどめを頭に結んでみる。うん、似合うな。
あとは、はっぱのスカートをはかせて、ウエスト部分にちいさなかみどめをつけて。首元が寂しいからブルーのかみどめを蝶ネクタイみたいに結んで――。

そうやってドレスアップされたアルは、どうしてか絶妙に野暮ったかった。普通にそれっぽいグッズを選んでつけただけなのに、どうにもダサい。アルも同じことを思ったのか、わくわくと輝いていた瞳が鏡を見た瞬間に光を失った。じとーっとした目で睨んできたかと思えば、かつかつと嘴でつついてくる。滅茶苦茶不満らしい。

「オレだって、ちゃんと考えてやったんだぞ」

「クワァ」

結果が伴ってなきゃ意味ない、とでも言いたげな声だ。意外と手厳しいなこいつ。
どうしたもんかと考えていると、

「ねえねえ、ミスミ」

と、ベルに肩を叩かれた。

「見て見て! ミーちゃん、かっこいいでしょ!」

ミーちゃんはシルクハットを被り、首に蝶ネクタイをつけていた。手にはステッキが握られていて、いつもの武士らしい見た目から一転してエレガントな紳士のような出で立ちになっている。
これこれ! とばかりにアルが歓声を上げる。オレも素直に感嘆した。

「へえ、いいな。きせかえ人形で鍛えた腕は伊達じゃなかったか」

「えへへ。ミスミの方は……」

ベルはアルに目をやり、押し黙った。そして、顔を上げてオレを見ると、生暖かい笑みを浮かべる。

「まあ、ミスミらしいと思うよ」

「どういう意味だよ」

「ほら、ミスミ、昔から絵も下手だったし」

「うるせえ」

ぴしっとでこぴんを食らわせる。ベルは額を押さえて呻いた。
否定はしねえけどよ、もうちょっとフォローしてくれてもいいだろ。友達甲斐のないやつだな。

「ユラ、お前ならどうする?」

なんとなくユラに助けを求めてみる。ユラは思案顔でグッズケースを覗き、アルとグッズを交互に見た。
オレがアルにつけてやったグッズをすべて外し、頭にみどりのかみどめをつける。首にはイミテーションジュエリーが連なったネックレスをかけ、尻尾にはブルーのかみどめを結んだ。

「シィ」

これで完成らしく、ユラが一声鳴くとアルは期待した顔で鏡の前に立ち、クアーとはしゃいだ声を上げた。ふりふりと嬉しげに身体を揺らし、尻尾に結ばれたリボンの先が跳ねるように揺れる。
オレの目から見ても、さっきよりアルに似合っていて可愛かった。なるほど、こうすればよかったのか。

「今度はちゃんと可愛いな」

「クアー」

でしょー、とばかりにアルはその場で跳ね、その勢いのままユラに抱きついた。
ユラはちょっと目を見開いたが、とくになにも言わずにされるがままになっていた。

「すごいな、ユラ。こんな才能があるなんて」

「ユラちゃんはセンスがあるんだねえ。今のアルちゃん、すっごく可愛いよ!」

ねっミーちゃん、とベルが振ると、ミーちゃんも静かに首を縦に振った。
みんなに褒められてご機嫌のアルはさらに強くユラを抱き締めた。もふもふとユラの顔が羽毛に埋もれる。
あれ大丈夫だよな、潰されてねえよな。

多少の不安がもたげたところで、ようやくアルはユラを離した。
ユラが大きく息を吐く。やっぱり少し息苦しかったらしい。

しかし、それには気付かず、アルはクアクアと陽気な歌を歌いながらグッズケースに嘴を突っ込んだ。あおいおはなをくわえて顔を上げ、ユラの頭に近付ける。つけてやりたいのだと察し、代わりにユラにつけてやった。
次にアルはあかいパラソルを床に置き、持ち手の部分にまっかなかみどめを落とした。パラソルの持ち手にまっかなかみどめを結んでやると、満足げに頷く。これであってたようだ。そのパラソルをユラに持たせてやると、アルはユラの背を押して鏡の前まで連れていった。

ドレスアップして並んだユラとアルはちょっといいところのお嬢さんといった感じだった。
アルは自分のコーディネートもユラのコーディネートも気に入ったらしく、歌うように鳴いておしりをふりふりしている。ユラはドレスアップした自分が不思議なのか、じっと鏡を見ていた。

「ユラちゃんも可愛い! アルちゃんもすごいんだねえ」

ベルが褒め、ミーちゃんも同意するように短く鳴く。
ほんとにすごいな、とオレも素直に褒めると、アルは得意げに胸を張った。

「可愛いぞ、ユラ」

ユラの頭を撫でてやると、何故かアルの方が反応して、またユラに抱きついた。
いやだから息苦しいだろ、と離してやるために手を伸ばす。だが、アルの翼に触れたところで手が止まった。羽毛に埋まったユラが照れ臭そうにはにかんでいたからだ。
それは、一緒にヒウンアイスを食べた時以来の確かな笑顔だった。

「可愛いな」

オレは思わずアルごとユラを抱き締めた。
アルはさらにはしゃいだ声を上げ、ユラはくすぐったそうな笑顔のまま腕の中に収まっていた。
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