オレたちは近くのプレハブ小屋に入って砂嵐を避け、ポケモンバトルで傷付いたポケモンたちを回復させた。
元気になったポケモンたちの様子を確認してモンスターボールに戻す。収まる気配もない砂嵐に辟易しながらも外に出ようとした時、ライブキャスターの着信音が二重に響き渡った。
オレとチェレンは顔を見合わせてから、互いに自分のライブキャスターを確認した。ライブキャスターの画面には『アララギ博士』と表示されている。
博士から連絡なんて、珍しいな。
ボタンを押して通信に出ると、画面の半分にアララギ博士が、もう半分にチェレンの姿が映った。
チェレンの着信もアララギ博士からだったのか。
「ハーイ! ミスミ、チェレン。ちょっと付き合ってくれない?」
「アララギ博士、なにかご用ですか?」
「付き合うって、なににですか?」
ハイテンションで挨拶するアララギ博士に、チェレンはクールに落ち着いて、オレは唐突さに少し呆れて尋ねた。
「……ベルは呼び出しに気付いていないのよねー。なにに夢中なのかしら? あとで別に連絡するしかないわねー」
オレたちの疑問に答えず、アララギ博士は首を傾げる。
ベルは昔からなにかに夢中になると、どれだけ声をかけても全然気付かないからな。耳はいいはずなのに。
それはともかく、オレたち3人にいったいなんの用なんだ。緊急事態ってわけじゃなさそうだけど。
「じゃ! おふたりさん、ライモンシティの手前のゲートで待ってるわね!」
「……あ、あの!?」
「だから、なんの用なんだよ!?」
チェレンの狼狽えた声に被せて大声で訊くが、もう遅かった。アララギ博士がいた画面は真っ黒になっている。
あの人、実はかなりそそっかしいんだよな。たくっ、大人なんだからしっかりしてくれよ。
オレとチェレンは同時にため息を吐いた。
******4番道路という名の砂漠をまっすぐ進み、ようやくライモンシティ手前のゲートに辿り着いた。
やっと砂嵐のない場所に着いて、ほっと息を吐く。ぱんぱん、と身体中についた砂を払っていると、ハーイ! とハイテンションに声をかけられた。そっちを向くと、アララギ博士が手を振っている。オレとチェレンは博士のもとまで歩いていった。
「アララギ博士、それでなんの用なんですか?」
「カミツレに呼ばれて、でんきタイプのポケモンのこと色々訊かれてる時に、君たちのこと思い出して」
カミツレって、モデルのカミツレか? ライモンのジムリーダーもしてるっていう。
博士、そんな有名人とも知り合いだったのか。
「で、用事というのはこれ! ドドーンとサービスよ!」
と、博士はハイパーボールを差し出してきた。
チェレンに渡してから、オレにも同じものを手渡してくる。受け取りながら、オレは呆れた。
「このくらいの用なら、もったいぶらずに言ってくれればいいのに」
「いらないなら、あげないわよ」
「ありがたく使わせていただきます」
うやうやしく頭を下げると、アララギ博士は腰に手をあてて苦笑した。
「一緒にいたいポケモンと出会ったら、惜しむことなくいいボールを使いなさいな。そのポケモンとの出会いは、それが最初で最後かもしれないんだから!」
まるで教師のような口調でアララギ博士は言った。
「それと、ポケモン図鑑の完成をお願いした私がこんなことを言うのもちょっとおかしいけど、旅を楽しみなさいね! ……あっ! ポケモン図鑑のこと、なにもしなくていいって意味じゃないのはわかってるよね」
この先の旅路を祝うような言葉と慌てて付け加えられた言葉に、わかってますよ、と苦笑混じりに返事をする。
恩師と言ってもいいこの博士は、やっぱり世話焼きで心配性だ。
「そうだ。せっかくだから、ポケモン図鑑を見せてくれる?」
アララギ博士の頼みに、オレとチェレンは素直に従った。いいもの貰ったからな。
アララギ博士はまず、チェレンのポケモン図鑑を開いた。
「ここまでの道中に棲息しているポケモンは、ほとんど捕まえているのね。流石チェレン。この辺りにはいない珍しいポケモンも見つけているのは、たくさんのトレーナーとバトルしているからかしら?」
「ええ。僕の目標はチャンピオンですから」
「そうだったわね。私も応援してるわよ」
誇らしげに頷いたチェレンの肩を叩き、アララギ博士は図鑑を返した。
今度はオレの図鑑を開く。
「ミスミも真面目にやってくれてるのね。……あれ!? ミスミ、ビクティニを見つけたの!?」
「ああ、この前リバティガーデン島で」
目を剥いたアララギ博士に、オレは簡単にあの島で起こったことを話した。2人ともリバティガーデン島がプラズマ団に占拠された事件自体は知っていたから、話がはやかった。
「君は本当に、すぐ事件に巻き込まれるね」
「オレだって好きで巻き込まれてるわけじゃねえよ」
だから呆れたように半目になるな、チェレン。オレだって、極力危険は避けようとしてるんだ。
「ところで、ビクティニって、どんなポケモンなんですか? ミスミの話では、プラズマ団はビクティニの力を狙っていたそうですが」
チェレンが尋ねると、アララギ博士はふっと笑って解説しだした。
こういう時のアララギ博士は本当にポケモン博士らしい。普段はそそっかしいのに。
「ビクティニは、その小さな体から溢れるエネルギーを発散させるという幻のポケモン。そのエネルギーに触れたポケモンや人は全身にパワーが漲り、いつもより力を発揮できたの」
プラズマ団が狙っていた力の正体がそれか。
「でね、ビクティニのイッシュ図鑑の番号が『0』なのは、このポケモン図鑑を所持して旅をするポケモントレーナーにビクティニの勝利をもたらすパワーが分け与えられるように、そんな願いが込められていると、私は聞いたことがあるわ」
はい、とアララギ博士が図鑑を返してきた。受け取って、バッグに戻す。
「ミスミにもビクティニから勝利をもたらすパワーが授けられているかもしれないわね」
片目をつむる博士に、オレは乾いた笑いを返した。
残念なことに、ビクティニ自身が忘れていたような力だ。貰えるはずもないだろう。
まあ、オレはプラズマ団と違って、そんな力ほしくはないけど。絶対に勝てる勝負なんて、つまらないだろ。
ビクティニのことを考えていたら、ふと、芋づる式にプラズマ団が起こした別の事件も思い出した。その時拾った石のことを。
「そうだ、博士に見せたいものがあるんですけど」
「あら、なに?」
アララギ博士が興味深そうに目を大きくする。
オレはバッグから白い石を取り出した。トウレンさんはただの石だと言っていたが、なんとなくなにかある気がして、一応アララギ博士にも調べてもらおうと思ってたのに、すっかり忘れてた。
「古代の城で拾った石なんですけど、なんとなく気になって」
「……ふうん、ぱっと見はただの石みたいだけど」
アララギ博士は白い石を目線の高さまで持ち上げ、じろじろと眺めた。
それから、小さな機械を取り出して石にあてる。画面に映し出された文字と数字を見て、博士は眉を寄せた。
「少し珍しい成分が含まれてはいるけれど、やっぱり普通の石ね」
「そうですか」
ここまで断言されても、何故かまだなにかある気がしてならなかった。グリもやけに気に入ってたし。奇妙な縁のようなものを勝手に感じているだけかもしれないが。
納得いかない顔をしていたのか、「でも、歴史的には価値のあるものかもしれないわよ」とアララギ博士に笑ってフォローされた。
「さてと、ベルに会わなきゃね」
アララギ博士は手を振って、4番道路の方へ歩いていった。改めて礼を言って、去っていく背中を見送る。
それが完全に見えなくなってから、隣でチェレンが口を開いた。
「僕たちを旅立たせるためポケモンと図鑑をくれた、そういうことらしいね。母さんが教えてくれたよ。僕たちに世界を見せたいからって、君のママとベルのママ、3人でアララギ博士に頼んでね」
「そうだったのか」
アララギ博士と母さんたちの顔が頭に浮かぶ。故郷の大人たちには世話になってばかりだな。
久しぶりに、母さんに連絡でもしてみるか。リクが進化したことも知らせたいし。
「さて、ミスミ。これからどうしようか」
「オレはこのままライモンシティに行くつもりだ。チェレンは?」
「そうだな……、4番道路でまだ捕まえていないポケモンを捕まえることで、感謝の気持ちとさせてもらうかな」
それじゃ、と4番道路に向かうチェレンに手を振り返す。ゲートを出ていく背中に背中を向け、オレはライモンシティに足を踏み入れた。