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「キミの心がわからない」

「はっ?」

突然家にやってきて、深刻そうな顔で訳のわからないことを宣うNをうろんな目で見返す。
場所は我が家の台所、Nは母さんに案内されてオレの目の前にきたばかり。呆れるほど長閑な日常に、シリアスな空気が挟み込まれる余地はないはずだ。そっくりそのまま同じセリフを返してやりたい。

「いきなりなんだよ」

「キミは洗剤を飲むのかい?」

Nの視線の先には、ついさっきまで洗剤を注いでいた紙コップがあった。ご丁寧に紙コップにはストローが刺さっている。
なるほど、それでさっきのセリフか。

「なわけあるか! シャボン液作ってんだよ!」

「シャボン液?」

Nは目を瞬かせた。
シャボン液がなにかわからないわけではなく、オレがそれを作っていることが解せないのだろう。

「近所の子供がやってるのを見て、アルもやりたがったんだよ」

「なるほど。成分が似ているから洗剤で代用できるのか」

「流石にちゃんとしたやつより割れやすいけどな」

水で薄めた洗剤をストローでよく混ぜておく。
それにしても、シャボン液の作り方を知らないのは仕方ないにしろ、なんでオレが洗剤を飲もうとしているなんて発想になるんだ。オレのことをなんだと思ってるんだよ、こいつは。

「お前もやるか?」

「そうだね。それも面白そうだ」

もう1つずつシャボン液とストローを用意する。ストローはハサミで先端に切り込みを入れて広げておいた。
ストロー4本と針金の輪が4本。シャボン液を入れた紙コップ2つと紙皿2つ。それを持って外で待っているポケモンたちの元へ行く。
ドリュウズのグリとシャンデラのユラにストローを、スワンナのアルとゼブライカのシーマとムーランドのリクとジャローダのタージャに針金を、シャボン液に浸けて渡してやると、さっそく吹いたり振ったりしだした。

タージャは興味がないらしく、本当にただ振っているだけだったが、他のやつらはちゃんとシャボン玉を作ろうとしている。
とくにリクがうまかった。口にくわえた針金の輪をゆっくりと振って、大きなシャボン玉をいくつも飛ばしている。
ユラも最初は力加減がわからず失敗していたが、手本を見せてやるとすぐにコツを掴んで小さなシャボン玉を作れるようになった。
それを見て、アルはクアクアとはしゃいだ声を上げ、ぶんぶんと針金の輪を振った。ほとんどは玉になる前にシャボン液の膜が破れてしまっていたが、時々奇跡的にちゃんと玉になって宙に浮かび、そのたびに見て見てとばかりに翼で自分のシャボン玉を指し示した。
グリとシーマは力加減が強すぎて、ちょっと膨らみかけてもすぐに割れてしまっているが、それはそれで面白いのか、何度も割っては顔を見合わせて笑っている。その様子を見て、タージャが呆れた顔をした。

「リュウ、リュウズ」

「ブルル」

「ジャロ」

お前だってできてないじゃないか、とばかりにグリとシーマが文句を言う。
すると、タージャが針金の輪をシャボン液に浸けて、そっと振った。ふわりと膨らみ、大きなシャボン玉ができる。虹色に輝く玉は高く高く青空に吸い込まれるように飛んでいった。

「ロォダ」

どうだ、とタージャが挑発的に口の端を上げる。流石に悔しかったのか、グリとシーマは地団駄を踏んでリクとユラのもとに向かった。どうやら、コツを訊いているらしい。
リクとユラの手本通りにそっと吹いたり振ったりして、なんとかはじめてのシャボン玉を飛ばす。ふわふわと飛んでいく2つのシャボン玉を見上げて、2匹は胸を張った。幸いにして、タージャがわざとらしくそっぽを向いていることには気付いていない。リクとユラとアルの歓声を受けてご機嫌だし、喧嘩に発展することはないだろう。

「タージャ、お前もあいつらを煽るなよ」

「ジャロ」

聞く気はない、とばかりにタージャはどくろを巻いて顔を背けた。
その後頭部にシャボン玉も吹きかけてやる。
と、振り返りもせずに蔓で叩かれた。あまりの痛みにストローと紙コップを落としてしまう。紙コップから零れたシャボン液が庭の芝生を濡らした。
こいつは本当に加減してくれねえな。

落ちた紙コップとストローを拾って脇に置く。
ふと、Nの方を見やると、微笑ましそうにポケモンたちを眺めてはいたが、手にしたストローを吹く様子はなかった。

「やり方がわからないのか?」

尋ねると、Nは首を横に振った。

「いや、どのくらいの強さで吹けばいいかは、もう計算できている。ただ、カレらがあまりにも楽しそうだったから、見ていたかったんだ」

「それ、計算してやるようなものじゃねえけどな」

ポケモン馬鹿で数学馬鹿らしい回答にため息をつく。
相変わらずすぎて逆に安心するわ。

ようやくNはストローをシャボン液に浸け、口にくわえた。ストローの先から透明な膜がゆっくりと膨らんでいく。それは玉となって宙に放たれた。玉は虹色に輝き、どんどん空へと飛んでいく。手を伸ばしても届かない場所まで飛んでいったシャボン玉は、青空でぱちんと弾けた。
(2019/06/14)
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