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「沙羅」

夕日の差し込む黄昏時。私一人の静寂な教室に、ひとつの声が投げ込まれた。けして高くはないけど、低すぎもしない心地の良い声。昔と変わらず、私を呼ぶ声。
うつ伏せて目を閉じていた私の耳朶に触れるその声に意識が浮上する。眠ってしまっていた様だ。

「寝てるのか?」

まだ覚醒し切れていない頭に怠さが勝ってしまい、もう少しだけ、そう思って、返事を怠る。
キィ、と前の椅子を引く音がする。それからすぐに、教室は静寂な空間へと戻った。

窓辺から入り込む柔らかい風に、髪の毛がさらりと攫われる。耳にかかった風に僅かにたじろぐと、誰かの手がその髪をかきあげた。その仕草が妙に心地よくて、意識が遠くなる。
不意に、枕にしていない、机の上に放り出された右手が何かに触れる。暖かいその温もりを求めるようにそれを握ると、握り返される。少しでも離したら解けそうなその結びつきに、無意識に絡めた指の力を強めた。



「沙羅、」

どの程度そうしていたのだろう。頭の上にあった手は私の髪をゆるりと緩慢な動作で撫でていて、再び名前を呼ばれるまで、私は眠っていた様だ。

「…ん、」

重い目蓋をゆっくりと開けると、西日は教室をオレンジ色から群青に染め上げていた。頭を上げると、少しだけ首が痛い。
ぼやけた視界の先には、少し意地の悪そうに笑う恭介がいた。

「ほっぺ、凄いことになってるぞ。」

恭介は自分のほっぺたを指差しながら、そう教えてくれる。その場所を触ると、僅かに衣類の凹凸が出来上がっていた。それをゴシゴシとこすりながら、少しだけ恥ずかしくなった。

「恭介、今何時?」

「6時前。」

「うそ、」

恭介の生活指導の先生によるお説教が終わるのを待っていた筈が、私が恭介を待たせてしまったみたいだ。少し寝すぎたと反省して、ごめんと恭介に詫びを居れると、恭介はいつものように、別に良いさと笑う。
頬杖をついて私をまっすぐ見据えるその優しい笑い方は、こっちが恥ずかしくなるほど、甘くて。

「………。」

「ん?どうした?」

「別に。」

赤くなっていそうでふっと顔を下げて気づいたのは、私の右手と恭介の左手が繋がっていた事実だった。微睡みの中で感じた誰かの温もりは、恭介だった。そのことを知って、更に顔がほてりそうだった。

「……手、」

「ん?…ああ、」

きゅ、と握られた私たちの手は、しっかりと絡まっている。
お互いに、繋がっていることに気がついても離れないのは、どういうこと、だろう。心臓の音が、体中にリンクしたみたいに、大きく脈打っていた。

「恭介の手、おっきいね。」

「そうか?
沙羅の手が小さいんだ。」

『唯の幼馴染み』の筈の恭介の手を、離すのが惜しくて。ちょっと前まで、この骨張った細い手が私の頭を撫でていたのだと思い知ると、眠りに落ちてしまったことを少し後悔した。ゆっくりと繋がったままの恭介の左手を離し、今度は両手で弄んでいると、恭介はもう一方の手で私の両手を包み込んだ。それから、どちらとも無く、両手を結ぶ。薄暗くなった教室でするその行為は、なんだかいたずらの様で、余計ドキドキする。


恭介が、私に甘い顔をするようになったと気づいたのは、いつだったろうか。

少なくとも、理樹たちのいた中学の頃までは、知らなかった。
私と恭介だけが先に高校に上がって、少しした頃、だったと思う。

高校に上がった恭介は、やっぱり一目を引いた。
小学校の時のやんちゃ坊主がそのまま大人になったような性格のくせに、子どものように笑うその顔は、なんと言うか、神聖だった。
私も高校に上がって、恭介と一緒にいることも多かったけど、クラスが違う分、新しく出来た友達とつるむことも多くて。男子とも、話をすることは多かった。その中には気があるような切り返しをしてくる人もいて、高校生になって、恋愛を意識し始めた。
多分、そんなときだったと思う。


ゆっくりと顔を上げると、薄暗闇の中でほのかに見える恭介の顔は、やっぱり、とても優しくて。鈴に向けるそれとは少し違う。なんていうか、甘いのだ。
私はその笑顔を向けられる度に、麻酔にあったみたいに、錯覚してしまう。

恭介は、私のことが好きなんじゃないかって。

そんな筈無いのに。それでも、期待してしまう。きゅっと握りしめたこの両手の意味とか。多分ほのかに赤くなってしまった私の顔は、恭介にバレていないかとか。

「沙羅、」

私の名を呼ぶ恭介の声は、ガムシロップを3つ入れたアイスティーみたいに、甘い。私はその声と顔に毒されるように、返事をした。

「なに、恭介」

恭介の目は、いつの間にかに、真剣なものに変わっていた。
じっと見つめられるその視線に、息が詰まって、呼吸の仕方を忘れてしまう。

恭介は、潜むように。たった二人だけの暗い教室で、内緒話をするように、囁いた。



「好きだ。」



はっきりと聞こえたその音を、理解するには、少しだけ時間がかかった。
恭介と繋がった両手が、ぎゅっと握り直されるのが分かった、余計息が浅くなる。


「沙羅が、好きだ。」


たったの三文字に、呼吸を乱される。


恭介の目は真剣で、私に逃げることを許さない。
でもその声は、少しだけ張りつめていて、恭介も緊張しているのが分かる。
恥ずかしくて背けたいのに、その瞳から逃れることは出来なかった。

なにも広がるのは、恥ずかしさだけじゃなくて。
恭介と気持ちが繋がったことへの幸福だって、同じぐらい、広がってゆく。


「わたしも、」


ひとつひとつ、言葉を紡ぐ。

恭介が聞き漏らさないように、ゆっくりと大きく息を吸って。
きゅっと恭介の手を握って。



「恭介が、好き。」



握りしめた手から、好きが、伝わるように。





















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ゆり様のリクエストで、幼馴染み設定で恭介に告白されるお話でした。
恭介は気障な言葉で告白しても様になるので、気障な告白を考えていたのですが、幼馴染みの関係を壊すのが惜しくて後一歩が踏み出せない、余裕の無い恭介も有りだなということでこんな展開になりました。
管理人が恭介大好きなのですが、作品が男性向けジャンルのため恭介ファンが少ないので、リクエスト頂けるとは思わずビックリしました!ゆり様、リクエスト本当にありがとうございました。
2015.09.09.