君色注意報!
バァンッ!
「アーサー!」
静寂な、あえて言うなら布の擦れる音を響かせるその寝室に、
一つの問題因子が降りかかる。
声の主が辺りを見渡すと、
とある一角に見える目的。
「アリサ!?ちょ、来るのが早ぇんだよばか!」
アーサーと呼ばれてその人物は、現在進行形で服を脱いでいる。
否、この言葉には語弊がある。
下げたズボンを急いであげていた。
衣服を着替えようという思考からの行動だ。
「ちょ、ななななにしようとしてんのよ変態!!
私の前で脱ぐなんて、正気の沙汰とは思えないわ!!!」
「着替えようとしたときにお前が入ってきたんだろうがっ!
ノックぐらいしやがれ、ばかぁ!」
双方、あわてすぎて半泣き状態で。
とりあえずと、アリサが部屋から出ることで仕切りなおしと言う案となった。
タタタタタタタタタ…
バァン!
「アーサー!」
静寂な、あえて言うなら淑やかな紅茶の香りを漂わせる寝室に、一つの声が響き渡る。
声の主は窓辺の椅子に座る目標を見つけると、すばやく移動し、そして一言。
「今日はハロウィンよ!
お菓子の用意は出来てるんでしょうね?」
「あったりめぇじゃねぇか。
菓子どころか、クリームティーの準備も出来てるぜ?」
「わぉ!
もちろん手作りのスコーンじゃないわよね?市販最高!」
「ははは光栄に思え、俺が直々に作ってやったよ。」
それはまるで用意してあったかのように、滑らかに二人の口から滑り落ちる台詞。
お互い、先ほどの失態は水に流したようだ。
向い側の席に着くと、しばらくアーサーの入れた紅茶を楽しむ。
「黒猫の衣装、お前によく似合っているじゃないか。
不吉を呼びそうなところと、気ままなところがな。」
「お褒めにいただき、光栄だわ。」
皮肉を交えて、その中に本音を漏らす。
アリサはそれを理解した上で受け流すものだから、報われない。
「それにしても一つ聞いていいかしら、アーサー?
その格好はいったい、何をしでかそうとしているの?」
自信予想がはずれであってほしいという意味合いを込めた一言に、
次の言葉はむなしくもその願いを打ち消す。
「そりゃぁもちろん。
こういう夜こそイベントを起こさないと・・・なぁ?」
アリサのコスチュームが黒猫に対して、
アーサーの衣装は・・・・・・・
毎度おなじみ、ブリタニア天使、ブリ天である。
【ブリタニア天使の現れる夜は、唯じゃ済まない】
が、暗黙の了解である。
そして、眼の前には、ブリ天。
ブリタニア天使と名乗っている時点で、
「さぁ、はじめようか。」
「え、えぇ・・・そうね。」
「「trick or treat? 」」
「俺からはこれだ。
【カスタードプティング】。・・・・お、俺んとこのシェフのだから、まずくねぇよ・・・。」
先日から言い続けていた「まずい」の言葉が聞いたのか、手作りではない。
ひとまずこれで環境にもおなかにも匂いにも素材にも最悪の事態はまのがれた。
「あら、おいしそうね。ぜひとも食べさせていただくわ。
私からは、・・・・!、」
「ん?どうした、
『私の用意したお菓子がない!まさかおいてきた!?』な顔してるぞ。」
「心情説明を一文字一句ぴたりと言い当ててくれてありがとう。
それはつまり、私の作ったスイーツに心当たりがあるようね?」
「そ、そんなことはない、ないからな!
かぼちゃモンブランなんて知らねぇ!」
bingo.そんな顔をしてアリサはアーサーをニコニコ見つめる。
それにしてもこの男、言動でバレバレである。
「へぇー?ほぉ?アーサー殿はどこからあなたにあげるお菓子がモンブランだという情報を?」
「しまった!っじゃない、ちがう!
うううう、”ほぁた☆”」
「え゛、ちょ、」
ステッキをふりかぶりながらはなたれたその言葉で、ステッキの先端の星が光りだす。
その光に包まれたときにはもう遅かった。遅かったのだ。
ボゥン・・・・
くぐもったような効果音ともに白い煙に包まれると、
アリサは体の違和感と視界の不便に眉を寄せる。
「?」
「ほぁっ!失敗した!!本来なら子供に・・・・・・・・・!」
煙が開けた後にお互いの顔を見合わせた二人は、
しかし騒動を起こした本人が一番驚いていた。
被害者は少し首をかしげただけで、状況の理解に苦しんでいる様子だ。
「アーサー、今どうなっているの?少し胸元が苦しいのだけれど・・・」
「ッ、ばばばばばば、ばかぁ!!
こっち向くな!」
「・・・・・・・・・・・・・・・あら、」
自分の姿を確認したアリサは、いかにも楽しそうな笑い方をする。
黒猫というコンセプトで着てきた自分の服は、なぜか少し大人になっていた自分の体のラインを綺麗に魅せていた。
声も少し低く、自分は大人の姿なのかと確認する。
そして思いついたのは・・・・・・
皮肉にも、眼の前で赤くなっている恋人への悪戯である。
「アー、サー・・・・。
私、なんだか体が熱いの・・・助けて。」
艶っぽい声を出す。何だ出来るじゃないかと思い、机に手を突き身を乗り出す。
アーサーから谷間が見える格好で近づき、うる目で一歩一歩と近寄る。
アリサが本来の猫であらば、猫の尻尾はぴんと立てていたのであろう。
「う・・・ぁ・・・、こ、こっちくんな・・・ッ、ばかぁ・・・!」
(「ブフッ・・・この子、実は年上好きだったのね・・・!!」)
心の中でそんなことを思っていたアリサ。
椅子に座っている所為で逃げ場を失っているアーサーはもはやどうにも出来ない。
それにしても子の女、つくづくSッ気満載である。
「〜〜〜〜、ほぁた☆」
「!」
デジャヴ。
ステッキの先端から出る光に包まれて、白い煙が辺りを覆う。
先ほどまでの体の縛りがなくなったということは、体を元に戻したのだろう。
つまらない、あと少しだったのにと思うアリサとは裏腹に、今度は変化したのはアーサーのほうだ。
「・・・っと、今度は成功のようだな・・・。」
「・・・・・、arthur?」
まだ、視界が定まらない時点で前方から聞こえてくる声は、確かにアーサーのものだ。
だが何か・・・そう。
声が低いことに気づいたアリサは、今すぐその場から逃げ出すべく椅子をひいて立ち上がる。
だが、その行動を予測していたかのように捕まれる手首に、なす術もない。
「おっと、そこのお嬢さん?
これから楽しい夜が始まるってのに、退場は感心しないな。」
形成逆転。
恐る恐る振り向いたアリサの眼の前には、
――――綺麗に微笑む、大人びたアーサー。
翡翠の眼に吸い込まれそうで、目が離せない。
それと同時に感じる、これから始まる予感のするヨロシクナイ事。
逃げなければと思っているうちに、いつの間に燕尾服になったかも不明な色気のあるアーサーに横抱きにされ、
状況を確認している間にベッドに押し倒される。
「さっき・・・お前、なんてったっけ?
『なんだか熱いの』、ね・・・。
レディー
そのお悩み、解決して差し上げましょうか?お嬢様?」
「っ、ぁ・・・。」
熱を持ったような声色で、耳元にささやかれるその言葉。
脳内では危険信号がうるさいほどに警告する。
アリサの頬に一筋の汗が伝う。
「私の拒否権はお持ちになって?」
「残念ながら。」
「そう、残念ね。」
さぁ、祝いましょう。
万聖節を。
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