FF零式 | ナノ


『・・・れが、クリスタル・・・・・・みな・・で・・・・・・!』

『きさ・・・・・・けわめこうと、・・・・・・・本人・・・・・――。』

軍令部第二作戦課へと足を運んだ私は、そこに縁もないような人物の声がするのを聞いた。
どうやらシノは、軍令部に噛み付いているようだあった。
普通の対談ならしばし待とうかと思ったが、どうやらそれは私に関する事で、そうも行かなくなった。
静かにドアを開け、中へと入る。どうやら2人とも気づいてはいないようだ。

「一言だけ、最後に発言の許可をください。」

「いってみるがいい。」

「軍事部長殿、貴方の軍歴は優秀ですが、人としては劣等です。」

どうやらその言葉は想像以上に軍令部長の癪に障ったようだ。

「貴様、今自分が何を言ったのか理解しているのか、四天王の成り損ないが!
クラサメ、ヤツめ番犬の躾もろくに出来ないとは、これだから0組があのようなことになるのだ。
所詮は・・・・使えない駒だな。」

自分はどれだけ罵倒されても構わないが、シノへの非難は胸倉を掴む衝動に駆られる。
だがしかし、眼の前のシノも同じ心境だったようで、懐のダガーを取り出そうとする。
急いでその右手首を掴み、軍令部長へと目線を移す。

「部下が失礼いたしました。
今後このような事態が起こらないよう、きつく言いつけておきます。
それと、こちらが例の件の資料です。」

「ふん、そうするんだな。」

彼は奪い取るように薄い紙束を受けとると、後ろを向いて去っていった。
その眼は汚いものを蔑み見る眼で、一生利害が一致しないと思えた。

「失礼しました。」



私は彼女の折れそうなほど細い手首を引いたまま人気のないところまで歩く。
私がその場で立ち止まり肩の力を抜くためため息をつく。
手を離して振り返れば、彼女はうつむいて反省をしているようだった。

「・・・・・ごめんなさい」
「・・・・・すまなかった」

「、え?」

どちらともなくつむがれた言葉は、彼我ともに侘びのもの。
疑問の視線をこちらに投げた彼女に対して、目を逸らしながらも自分の内心を話す。

「私が事前にお前に話していれば、お前を危険に晒すことはなかった。」

「違う、あれは私が勝手にしたことであり、貴方には関係ないわ、クラサメ。」

一体何年お前といると思っているのだ。
彼女の考えることぐらい、自惚れせずともたやすく理解できる。

「だが・・・お前は私のために自己に危険を冒してまで大将を怒鳴った。
これ以上の理由が、必要か?」

大将という格は、武官のや医療課主任では敵わないほど高いのだ。
私たちの首など今すぐにでも刎ねられるほど。

「私がそれに肯定したとして、あなたは戦場へ行くのをやめてくれるのかしら。」

「これは私の選び取った道だ。他者がとやかく口を挟むべき問題ではない。」

「ええ、それもそうね。
では私も自分で道を選び取って、その身が果てるまで今すぐ戦場を駆け抜けるわ。異論はないわよね?」

「・・・・・・・・・。」

言い争いは彼女の方が一枚上手だ。
とうとう二言をいえなくなったは、本日2度目のため息をつく。
ここまでくれば、もうどうでもなれと言う心情だった。

「・・・再度謝罪をしよう。すまなかった。
本来ならば何も言わずにここを、お前の前から去ろうと思っていたことについても謝罪を述べよう。」

「・・・・本当よ。それで私が納得できると思っていたの?貴方、一体何年の付き合いよ。」

「9年だ。」

「私は的確の答えを期待していたわけじゃないことぐらい、貴方なら分かるわよね?
・・・・・・お願いだから、黙って私の前から去らないで。」

シノの気持ちは理解しているつもりだった。
私でさえ、愛するものが何も言わず死に行けば怒りを感じ、自己嫌悪にも陥る。
それに第一、シノが死んでしまうと言うことは、自己の生きる術を失う事にもいえる。
彼女をそんな気持ちにさせてしまった事に対して、さらに申し訳なく思った。

「・・・・・すまない。」

「クラサメ、・・・・・・帰ってきてって・・・言ってもいい?」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

何も答えられなかった。
これ以上彼女を、悲しませてはいけない。

”クリスタルが自分の記憶を消してくれるから悲しませない”というのは、間違った考え方だった。
失ったその記憶は、しかしどこかで必ず矛盾を生むのだ。
死に言ったその人と自分は、確かに言葉を交わし、その手で触れ、様々な感情を抱いたのだから。

シノはそっと近づいて、縋るように胸に寄りかかってきた。

「貴方の事を忘れてしまうくらいなら、死んだ方がましだわ。」

その言葉は自分にも当てはまることで、シノを失うくらいなら自分が・・・と考えた。
双方、同等の感情を抱いていたのに、自分の不器用さがこんな結果を招いてしまった。
もっと互いにとって良い状態になったかもしれないのに。

私にはもう、シノを抱きしめて愛を紡ぐことさえ許されない。
だがせめて・・・彼女には生きていて欲しいと願うのは、罪なのだろうか。


「・・・・・・シノ。顔を上げろ」

ゆっくりとあげられたその眼からはたくさんの涙が零れ落ちている。
お前は知っているか?宇宙のような瞳に、時折みせる涙に、どれだけ心が乱れたか。

「お前には生きて欲しい。
身勝手なのはこの上で、シノ、お前に一生の頼みがある。」

「嫌よ、そんなの、卑怯だ。」

あぁ、尤もだ。自分は卑怯なことを言っている。
だが、お前には、生きて欲しいんだ。
だからお前に、生きる意味を与えよう。

「0組の事を頼んだ。
あいつらはまだ若いんだ、あの頃の私たちのように。
お前は、戦場に身を置くより、争いのない場所で笑っていて欲しい。」

「クラサメの、馬鹿。ばか、馬鹿馬鹿馬鹿、ばか!
そんなことを言われても、私はすぐに約束を破ってやるわ!!」

そんなシノに、殴られるかもしれないと思いつつ自然と笑みがこぼれた。
昔、同じ台詞を吐かれたことがあったな。

「大丈夫さ、シノが約束を違(たが)ったことは、一度としてない。」



「・・・・・・・・・クラサメ」

「ああ、何だ。」




「無事に、帰ってきて。」


その約束は、きっと守られないだろう。
だからこれは、最初で最後の嘘。




「・・・・・・・・・了解した。」








その返事を聞くと、シノはゆっくりと顔を覆っているマスクを外す。
古傷のある頬を撫でると彼女は背伸びをして私の首に腕を回す。

そして・・・


――最後の、キスをした。



「・・・・・・・・・ンッ!」

触れるだけのそれは触れた先から暖かい何かが流れるのが分かった。
それが魔力だと知った自分は無理やりにも引き剥がそうとするが、首に回った腕がそれを拒む。

その魔力が、ルシの支援に使えと言うことをすぐに察する。
しかし直接魔力を供給することはつまり、自分のファントマを削ること。
四天王の事件で膨大な力を失ったシノはこのままでは・・・――

「・・・・クッ、ぅあ゛ぁあ!」

やっと唇が離れると、彼女は倒れるかのようにぐったりとした。

「シノ!何をやっているのだお前は!!
そんなことをしては・・・・」

「我、・・・ッ、クリスタルの、名において推服せん・・・・・・リフレイン、・・・!」

「!!
やめろ、シノ!嫌だ、お前の事を忘れたくない!!ダメだ!」

初めて人前で涙を見せる。
自分の意識が、―――シノとの記憶が、徐々に消えていくのが分かった。

「身勝手なこと、・・・・し、て・・ごめんね、ありがとう。」

「シノッ―――!!!」