FF零式 | ナノ

――ビッグブリッジ突入作戦。
それは、皇国軍にとっても朱雀軍にとっても、相当の被害を要した。

医療課も怪我人の数が歴代最多を記録し、訓練生の宿舎からベッドなり何なりを持ってくるほどの始末となった。
何より大変なのは、医療に長けている人手が足りないと言うことだ。

そして私自身、ビッグブリッジ突入作戦3日前から、なぜか体力が劇的になくなっている事について疑問を持っていた。
しかし、自身の変化にかまっている暇はないほどに、医療課は人で混雑していた。

「主任、今日はもう抜けていいですよ、後は僕たちで出来るようなことなので。」

「いや、でも・・・」

「それに、主任も作戦直後から様子がおかしいですし。
働きすぎも毒ですし、休息がてらドクターアレシアに見てもらってきてください。」

そんなにも分かりやすかったのだろうか。
ここまで言われれば、とうとう引き下がらないわけにも行かなくなってしまった。

「・・・・ふ、そうね。今日は先に、上がらせてもらうわね。
後は頼んだわよ、次期主任候補さん?」




医療課の塔の廊下を一人、歩く。
静寂の中、頭に浮かぶのはなんだったのか。
濃い霧が視界をさえぎるように、いつも浮かんでいたはずの何かが掴めそうでつかめない感覚に陥る。
この現象はおそらく、クリスタルの影響。
つまりは、常に頭に浮かんでくるのはもうこの世にはいない、人。


その人は、どんな人だったのだろうか。

優しい人?厳しい人?男か、女なのか。

どんな容姿をしていて、私とどんな話をしていたのか。

わたしはその人の事をどう思っていて、どう思われていた?

殺したいほど大嫌いな人だったのかもしれないし、
一生と言えるほどの愛を育んだ人なのかもしれない。


ただ・・・霧の中のその人を探すと、いつも胸を焦がす気持ちになる。
なぜなのかたとえその人が私の両親を殺したような罪人であっても、私は思い出したい。

思い出さなきゃ、いけないと言う使命感に駆られる。


コンコン、


「入っていいわよ」

「お邪魔するわ、アレシア。」

魔道局の奥、アレシアの個室のドアを開けると、
彼女はいつものようにつまらなそうな顔をして、座り心地のよさそうな椅子に腰を下ろしていた。
そして眼の前には、大量の報告書。

「あら、シノじゃない。
どうしたの、医療課は放っておいても大丈夫なのかしら」

「こうして貴方と二人きりで話すのも、久しぶりね。
医療課は追い出されてしまったわ。」

私はわざと肩をすくめ、ここへと逃げ込んで来た事を伝える。
彼女は少し困ったように、また、玩具を見つけた子供のように笑う。

「貴方がここまで足を運んだと言うことは・・・・それだけではないのでしょう?」

「良くご存知で。
実はここ最近、【あの時】よりもさらに体力が急激に落ちたわ。
声をはり上げるのも辛くなったし、100mを走ることはもはや至難の業だわ。

これ・・・どう思う、アレシア先生?」

私の予想では、魔力に・・・魂によって構成される魔力に関係のあるものだと踏んでいる。
そしてその魔力の消失については・・・一つの可能性として、霧の先の人物に関係しているとも。

「そうね・・・あなた、ファントマの力を削ったわね。
その理由までは理解できないけれど、
見た感じ、これから生きていくのに必要最低限の力しか残っていないようね。」

「やはり・・・そうなのね。
なぜだか分からないけど・・・不思議と悲しくないの。
それはおそらく、この戦で死んだ、私の"大切な人"と関係がある。ちがう?」

「ふふ、なぜ私に聞くのかしら、シノ?
でもそうね・・・私は貴方が、その、大切な人と喋っているところを見た・・・気がするわ。
あなたには、やるべきことがあるんじゃないかしら。」

「やるべきこと・・・。
ありがとう、アレシア。貴方に聞いてもらってよかったわ。
私はこの世界の死んだ人間を思い出せないことが何よりも憎いわ。この手で変えられるなら・・・。
でも私にはその人を復活させることはできない。それでもきっと出来ることがあるわよね。
貴方も・・・貴方の目標に向かって、がんばって。どんなに困難でも諦めないで。」

「・・・・シノ、あなたのファントマは美しい。
貴方はもしかしたら、一番アギトに近い存在になっていたかもしれないわね。」

「・・、?私がアギト・・・少し信じがたいわね。
じゃ、お邪魔したわ。」

バタン

「世界を変えたい・・・ね。」

アレシアは静寂の中で独り言のようにそう呟いたのを、わたしはしらない。





夜のクリスタリウムは使う人も少なくなっていると言うこともあり、鬱蒼としていた。
私はそこの左側本棚の奥から3つ目、カヅサの秘密の実験室へと入っていく。

「カヅサ。ちょっと、いいかしら。」

「ん・・・・シノか。なんだい、悪いけど少しひとりになりたい気分なんだ。」

カヅサがいつものように嬉々として実験に望んでいないと言うことは、
やはり"あの人"は私たちの仲間だったのだろうか。

「この間の戦で・・・たくさんの人が死んだわね。」

「・・・・あぁ、そうだね。」

「私ね、とても大切な人を・・・失ったの。
これはそんな気がする・・と言う感じではなくて、どこか確信じみたもの。
私の心の大半を占めていたものがなくなったような気がして、
自分の心なのに霧がかかりすぎて前が・・・自分の感情が見えないの。」

「・・・・シノもかい?実は僕もなんだ。
君ほどではないかもしれないけれど、何か・・・大事な何かを忘れている。」

「その人のことは思い出せないけれど、写真や、・・・何か手がかりがあると思うの。
クリスタルによる記憶操作を世界一嫌っている私が、残してないはずがなかったわ。
これ・・・私の机に私の字で、"喪失感に駆られる時、腐れ縁を探すべし"。」

そういって私は一枚のメモをカヅサに見せる。
なにか、その人についての手がかりになっているはずだ。
腐れ縁を探せと言うことは、その人は腐れ縁のうちの一人だったと言うことか。

「・・・・・・この間の戦争で、【秘匿大軍神】が召喚されて、その犠牲として"クラサメ・スサヤ"っていう男の人が死んだんだって。
僕はその人なんじゃないかと思っているよ。」

「クラ・・・サメ・・・・。うん、私もそんな気がするわ。
名前を聞いただけで、こんなにも安心できるのだから。」

クラサメ・・・クラサメ。
不思議とその単語は始めて聞いた気がしないどころか、体に、・・・心に、馴染むものであった。
心にあった霧は、少しだけ薄れたような気がした。
記憶は忘れていても心と体は確かに彼の事を覚えていた。
そんな少しの事に、私はこれまでにないほど喜びをかみしめていた。

「シノ、この映像、見てごらん。
僕がずいぶん前に頼んだものなんだけど、これはこれで成功しているんだ。
その映像が、彼に関してのものだった。」

趣味の悪い目玉が埋め込まれたようなスプレー型のそれに、
天井に向かって映し出されてその映像は、確かにそのクラサメというひとの記憶だった。
そこの中には、候補生として笑顔で写真に写る・・・クラサメを含めた4人や、9年前の、訓練生時代の私。
時代が最近になって行くにつれても変わらないのは、いつもそばには私がいること。

映像のプレビューが終わって、この人の事を思い出さなくてはいけないと確信を持った。


「彼のことを・・・・知りたい。
カヅサ、手伝ってくれる?エミナもきっと協力してくれるわ。」

「もちろん。この喪失感を埋められるんだったら、いくらでも手伝うよ。
クラサメ君のためだもの・・・って・・・・・・いま・・・。」

「クラサメ、君っていったね。カヅサはそう呼んでいたんじゃないかな、彼を。」

「そっか・・・・そうかもしれないね。
彼は0組の指令隊長だったらしいし、まだ彼の手がかりはたくさんある。」

『――彼らを頼む』

「クラス・・・ゼロ。
・・・私、クラサメに頼みごとをされているかもしれない。」

「へぇ、クリスタルの干渉を受けて会話すら思い出せないはずなのに、珍しい。
どんな内容?」

「・・・0組を、彼ら頼む。
この願いは、はたして真?・・・・わからない。」

「やって見たらどうかな?それはおそらく彼との最後の約束かも知れない」

「・・・・・・・・・・ええ、そうするわ。
決めた。本日付でシノ・ミスキは医療課主任を辞めます。」

「そっか・・・って、ええええぇえええ!
それは何でも早過ぎないかい?」

かつて相当量の、今ここに生きていることがキセキなほどに薬が盛られて実験させられそうになったその椅子から立ち上がる。
そのまま出口へと歩き、別れ際の挨拶の口調で発する。

「私は本気よ。」









「今日からここ、0組の指揮隊長となったシノ・ミスキです。
以前は医療課主任だった故、初対面の人はいないわね。

以後、よろしく頼むわ。」

一瞬の静寂。
きっとアレシアしか信じないかれらは私のことをよく思わないだろう。

「あぁん、ゴルァ。
ちょっとまてよ、俺らはもう指揮隊長はお役御免って話じゃなかったのかよゴルァ」

「それが上司に対する口の聞き方ですか?
ナイン、貴方はもう少し大人になるべきです。」

「ああ゛ん!?ちょ、まt・・ムグッ」

「落ち着けナイン!」

「ナインの態度は確かに非があるかもしれませんが、言っていることは正しいと思います!
私たちはもう隊長は必要ないのでは?」

ナインの口をエースが塞ぎ、今度の発言はデュース。
その発言は的を射ていた。

「それは軍の判断よ。
そして私は・・・・前指揮隊長、クラサメの頼みを聞いてここに立っています。
アレシアからの許可は取ってあるわ。」

とたん、0組中にざわめきが生じる。

「俺たちは、マザーの命令以外は従うつもりはない。」

予想通りの展開。
ゆっくりと息を吸う。

「なら・・・試して見ましょうか?
私と貴方たち、どちらが上手か。
勝者に敗者が従うのは世の理。」

言うが早いか、先に仕掛けてきたサイスの鎌をはじき返し、最前列のエイトのパンチを流し、そして足をかける。バランスを崩したところで鳩尾に蹴り。彼は壁にぶつかり。しばらく動けないであろう。
その間にカードを用意したエースのカードが襲い掛かってくるが、それをすべて懐の小刀をなげてはじく。一つ多めに投げたその小刀は、エースの髪をかすって奥の壁に深々と刺さる。

シィン・・・、

あたりは静まり返る。
その静寂の中に漂う、敗北の気配。

「これで分かってもらえたかしら。
貴方たちに負けるほど、【朱の胡蝶】の二つ名は落ちぶれてないわ。」

「【朱の胡蝶】・・・!かつて四天王を影から支えていた、魔力を中心とした術士として、歴史に名を刻む人物・・・」

「へぇ〜、シノさんってそんなすごい人だったんだねぇ〜。」


あと一人相手を使用ものなら、一生寝たきりになっていたかもしれない。
私の体は、かなり危ないラインまできていた。

「と言うわけで、あらためてよろしく。」



「あ、!噂で聞いたんだけど、
そういえば医療課の主任って、クラサメって人の恋人だったとか!

魔力はぴったり用意したはずなのに奇跡的に生還した秘匿代軍神の生徒が、
愛してるって言葉を聴いたってさ。
恋人って、マジ?」


息が詰まりそうになるほどの過呼吸。
同時に感じる気持ちは・・・・愛?


・・・・クラサメ。

私は貴方のことを思い出せないし、もしかしたら思い出さないほうがいいのかもしれない。

でも、それでも変わらずあなたのことを、求めている私がいて。


・・・・ねぇ、クラサメ?


私は、貴方との契りを、果します。




この身が朽ちるその日まで。



いつか会える、いつか思い出せるその日まで。


"バイバイ"。






A butterfly Exchange pledge.

(貴方に――)(二度目の恋をしました。)