FF零式 | ナノ

先刻の事。
クラサメに、出兵命令が下された。
スズヒサ軍令部長が、もう以前のように戦えないと分かっていながらもその令を下したのだ。

【氷剣の死神】は、もう疾(と)うに死んだと言うのに。

私は、腸が煮えくり返りそうなほど、心に冷たい炎を燃やす。
冗談じゃない、そんなの無駄死にもいいところだ。

クラサメ本人からは何の前触れもなかった。
その知らせを聞いた瞬間私は、医療課のドアを音を立てて開けた。


軍令部第二作戦課。
無礼を承知に一声もなくドアを開け、ヒールの音を響かせスズヒサ大将の元へ。

「軍令部長、クラサメ指令隊長が出兵とは、果たしてどういうおつもりですか。」

「ミスキ医療主任。
許可なく入ってきて、口頭一番がその台詞とは。
口の利き方がなっていないのではないかね?」

「私は医療課の主任です!
戦えない者を戦に出して、無駄死にさせるわけには行きません!!

それが、クリスタルのお望みなのですか!!?」

あからさまに私の話を鵜呑みにしている眼の前の上司に、
今すぐのど元に刃を突き立てたい衝動に駆られる。

その表情に変化はない。私がなんと言おうとも意見を聞き得れる気はないようだ。
だが、これだけは引き下がるわけには行かない。

「貴様がどれだけわめこうと、私の提案を聞き入れたのは本人だ。
あやつが死のうと死ぬまいと、私の知ったことじゃない。」

「・・・・ッ!
たとえ人が何人死のうと、貴方には関係ないとおっしゃっているのですか?
クリスタルが、すべて忘れさせてくれるから・・・・?」

「ああ、そうだ。用が済んだならさっさと行け。」

唇を噛み締める。
握ったこぶしがワナワナと揺れるが、理性が何とか行動を制御する。

「一言だけ、最後に発言の許可をください。」

「いってみるがいい。」

一拍をおく。

「軍事部長殿、貴方の軍歴は優秀ですが、人としては劣等です。」

殴られるのを覚悟に、同時にクビを覚悟にその一言を発した。
気がすまなかった。軍歴としての位は歴然。権力の元ではどんなものもかなわないと知っているから。
子供の悪口のようにも聞こえるその言葉は、しかし軍令部長には相当響いたようで。

「貴様、今自分が何を言ったのか理解しているのか、四天王の成り損ないが!
クラサメ、ヤツめ番犬の躾もろくに出来ないとは、これだから0組があのようなことになるのだ。
所詮は・・・・使えない駒だな。」




何かが切れた音がした。

本能の赴くままに懐のダガーを取り出そうとした、そのとき。


ガシッ


「部下が失礼いたしました。
今後このような事態が起こらないよう、きつく言いつけておきます。
それと、こちらが例の件の資料です。」

「ふん、そうするんだな。」

後ろを向くと、そこにいたのは紛れもなく自分の上司。
ダガーに掛けようとしていた手首を、クラサメは掴んでいた。
そのまま私を半ば引きずる形でドアまで連れて行かれる。

「失礼しました。」

一礼した後、手首を掴んだまま人気のないところまで来ると、
彼にしては珍しく、小さくため息をついてこちらを振り返る。
私は頭に血が上っていたことを反省し、目線を下へと下げる。


「・・・・・ごめんなさい」
「・・・・・すまなかった」

「、え?」

どちらともなくつむがれた言葉は、どちらとも侘びのものだった。
自分の場合、先ほどの失態の事だと理解は出来る。
なのになぜクラサメまで謝っているのかと、疑問の視線を投げた。

「私が事前にお前に話していれば、お前を危険に晒すことはなかった。」

「違う、あれは私が勝手にしたことであり、貴方には関係ないわ、クラサメ。」

「だが・・・お前は私のために自己に危険を冒してまで大将を怒鳴った。
これ以上の理由が、必要か?」

「私がそれに肯定したとして、あなたは戦場へ行くのをやめてくれるのかしら。」

「これは私の選び取った道だ。他者がとやかく口を挟むべき問題ではない。」

「ええ、それもそうね。
では私も自分で道を選び取って、その身が果てるまで今すぐ戦場を駆け抜けるわ。異論はないわよね?」

少し強引だが、私はクラサメに対して多少の怒りもあったし、悲しくもなった。
このぐらいの横暴、許して欲しい。
しばらくの相対の末、とうとう折れたクラサメは、本日2度目のため息をつく。

「・・・再度謝罪をしよう。すまなかった。
本来ならば何も言わずにここを、お前の前から去ろうと思っていたことについても謝罪を述べよう。」

「・・・・本当よ。それで私が納得できると思っていたの?貴方、一体何年の付き合いよ。」

「9年だ。」

「私は的確の答えを期待していたわけじゃないことぐらい、貴方なら分かるわよね?
・・・・・・お願いだから、黙って私の前から去らないで。」

クラサメは不器用なヤツだ。
堅物のような物言いをしているくせに、相手の事を常に考慮して動いている。
なのにそれを自分の手柄としようとしない。何も語らないのだ。
一人ですべて背負ってしまう。今回も、私を悲しませたくないとか思っての事なんだろう。

「・・・・・すまない。」

「クラサメ、・・・・・・帰ってきてって・・・言ってもいい?」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

やはり。
"クリスタルが、自分の記憶を消してくれるから。"
どうして、この世界の人間は皆そのようなことを考えるんだ。
周りが死にあふれかえっていても、自分はその実感がない。
愛している人がいなくなっても、その人の顔すらも思い出させてくれない。

その言葉は私にとって、残酷なものでしかなかった。
忘れたくない、人たちがいる。忘れてしまった、人たちがいた。

クラサメが死んだら、私は・・・私は・・・・・・―――


そっと近づいて、クラサメの胸に寄りかかる。

「貴方の事を忘れてしまうくらいなら、死んだ方がましだわ。」

私も一緒に戦場へ行って戦う。
それが出来れば、どれだけいいことか。

あの時、【氷剣の死神】が死んだように、

【朱の胡蝶】も、この世から永遠に、葬られたのだ。


「・・・・・・シノ。顔を上げろ」

顔を上げるとそこには、まだ候補生時代によくしていた表情のクラサメがいた。
すべてを包み込んでくれるような、いつまでも隣にいたくなる、そんな表情(かお)。

「お前には生きて欲しい。
身勝手なのはこの上で、シノ、お前に一生の頼みがある。」

「嫌よ、そんなの、卑怯だ。」

私の声が聞こえているはずなのに、気にも止めない様子で
私の頬に手を沿え、とめどなくあふれる涙を拭った。

「0組の事を頼んだ。
あいつらはまだ若いんだ、あの頃の私たちのように。
お前は、戦場に身を置くより、争いのない場所で笑っていて欲しい。」

「クラサメの、馬鹿。ばか、馬鹿馬鹿馬鹿、ばか!
そんなことを言われても、私はすぐに約束を破ってやるわ!!」

「大丈夫さ、シノが約束を違(たが)ったことは、一度としてない。」



「・・・・・・・・・クラサメ」

「ああ、何だ。」




「無事に、帰ってきて。」




「・・・・・・・・・了解した。」








その返事を聞くと、ゆっくりとクラサメのマスクをはずす。
左頬にはあのときの傷跡がまだ、残っていた。
私は背伸びをし、10センチ近く高い彼の首に腕を回す。

そして・・・


――最後の、キスをした。


「・・・・・・・・・ンッ!」


唇を通して、私の魔力の7割を一緒に流しこむ。
クラサメは必死に距離を離そうとするが、腕を首にまわしているのでそう簡単にはさせない。

やがて口が離されたとき、魔力・・・魂を削る行為による激しい疲労と、心臓をえぐられるような痛みが襲う。

「・・・・クッ、ぅあ゛ぁあ!」

「シノ!何をやっているのだお前は!!
そんなことをしては・・・・」

「我、・・・ッ、クリスタルの、名において推服せん・・・・・・リフレイン、・・・!」

「!!
やめろ、シノ!嫌だ、お前の事を忘れたくない!!ダメだ!」

「身勝手なこと、・・・・し、て・・ごめんね、ありがとう。」

「シノッ―――!!!」






クラサメの記憶は、そこで途切れた。・・・・私の意識は、まだある。
次期暗転するであろうが、次にクラサメが眼を覚ました瞬間までは起きていたい。
一時的に触覚の感覚を麻痺させる魔術をほどこす。
そして、今のうちにと、外したマスクを付け直す。
顔の半分を覆うそのマスクは、けして直そうとはしなかったその傷は・・・彼にとってどんな意味があるのだろうか。


「・・・・・・・・・。ここは・・・」

「あ、眼、覚めましたか?クラサメ隊長。
ここの場所で気を失っていたものですから、心配しました。」

「医療課の、シノ・ミスキであったな。
心配をかけた。しかし、ここに来るまでの経過が思い出せない。」

「・・・・・・あなたは、なぜ、泣いているのですか?」

そういわれて始めて気づいたかのように、布手袋の上に落ちる水滴を確認する。
本人は状況を理解できていないようだ。
記憶を消す・・・魔術「リフレイン」。私の記憶ごと、魔力を送り込んだ記憶を消した。
これでクラサメは自身の、そして私の魔力を使い果たすときまで私を思い出さないだろう。


「・・・・・・わからない。なぜか止まらない。
分からないが、胸に大きな穴が開いたような気になる。」




「何か大事なものを・・・失った気分だ。」











【大切なもの】。
その一言で、私は大丈夫。
たとえ幸せにはなれない選択肢でも

貴方と出会えた事を、幸せに感じるから。







「"クラサメ"、あなたに・・・・・クリスタルの、加護あれ。」










A butterfly flies the war.

(かなうならば、時よ――)(――×××。)





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11/19訂正しました。