『死にたい』
人はどんなとき、自らの命を絶とうとするのだろうか。
他人という者の声が、目が、干渉が。自分を押さえつけ、そして感情を下へと流し込む。
やがて世界に何の光も見いだせなくなれば、人はどうするのだろうか。
――この世界はどこまでも不平等だ。
生きる意義を失った人に向ける視線は皆一様に軽蔑、
世界中に認められるような事をやり遂げれば皆一様に喝采を送るだろう。
貧困な親元で生まれれば地獄のような日々を強いたげられるかもしれない。
裕福な親の元で育てば輝かしい未来が待っているかも知れない。
今この瞬間、私が10数える間に何人の人間が生まれ落ち、死に行き、絶望し、渇望するのだろうか。
他者に必要とされない人間は、どう生きていくのだろう。
自分がいくら苦しもうと、オリエンスの空は胸が締め付けられるほど美しい。
こんな世界なら、私が一人いなくなったくらいで何も変わらない、変えられない。
この魔導院で一番高い場所に立つ。
夕陽に照らされて、視界の端の髪が赤くなっていた。
何もかもをさらってくれそうな風に煽られながら視界を閉じる。
一歩踏み出せば、私の意識はもう、闇に沈むだけだ。
この世界の理として、命を落とせば私と言う存在の記憶が残らない。
「さよなら、世界。」
鳥が羽ばたくような軽い足取りで、右足を一歩踏み出す。
しかし、
落ちるはずの感覚が、宙を浮いていることを知らせた。
「…、」
「君、こんな天気の良いところで死ぬなんて、勿体ないよ。」
重力に逆らった代償に右腕が痛いほど上がり、上を見上げたらメガネをかけた少年が私の手を掴んでいるのがわかった。
「私は、誰にも必要とされていないから。」
不意に、独り言を吐くような声音で呟けば、予想外の返事が帰ってきた。
「じゃあ、僕が君を必要とする。
だから君は僕の隣でいきれば良いんだよ。」
嗚呼、嗚呼。
やっと私は、必要とされた。
頬には大粒の、夕陽に照らされた真っ赤な涙が伝った。
美しき世界