庭球 | ナノ

初夏。
梅雨と一緒に湿った雰囲気のテニス部を吹っ飛ばすかのようにカラッカラに晴れた今日は、絶好のテニス日和だ。
水分補給用に用意されたカラフルな水筒たちは、さすが四天宝寺中というべきか、個々を表したかのような柄ばかりだ。
そういえば、大阪は魔法瓶の製造が盛んだったっけか、と一人しょうもないことを考えながらア●エリアスを入れていくと、次の水筒の柄が星マークだらけで、それが謙也の物だということを瞬時に悟った。
流れ星が飛び交っているこの水筒は、個性豊かな水筒の中でも特に群を抜いてその存在を主張していた。

「・・・・・・と、これが最後か。
まだ3時45分・・・我ながら上出来だな。」

私がこなすマネージャー業といえば、
早朝に登校してネットを張る、
昼休みのうちに部活の延長届けを出す、
部活の始まる前に水筒に冷えたスポーツドリンクを入れておく、
タイムやスコアの記入、
各選手の様子を見つつ気になった点を主張、
使う物の残量を調べて部費を調整・・・会計に相談、
ドリンクの粉や消毒液など、足りなくなったものの買出し、
怪我をした選手の手当て、
活動日誌の記入、
残って戸締り・・・・・・その他もろもろと、必要なら試合相手の情報収集ぐらいだろうか。
救急箱と部室の鍵は持ち歩いている。

仕事が多いもので、一人でこなすには体が足りないのが現状だが、慣れればいくらかマシになるだろう。
・・・いや、これからもきっと一人だ。慣れなければいけないのだ。
女子テニス部のマネの子達にいまさらになって、もっともっと感謝するべきだったと感じ、遠い中学時代に思いを馳せていた。
私が入るまでは1年が交代でやっていたらしいのだが、さすが強豪校ともあって月曜日以外は基本的に練習だ。
さらに日曜日は練習試合。一年にさせたら、彼らの練習時間がなくなってしまう。

「失礼します。」

「はい・・・ああ、石田君。」

「黒川はん。
毎日早いのう。」

私と同様、4月に大阪に来た石田銀君。
この3ヶ月で早くも大阪弁に馴染んだのはいいのだが・・・。
どうやら変な覚え方をしてしまったようだ。

「大阪弁、随分馴染んできたな。」

「そういう黒川はんは、相変わらず標準語やの。
周りに釣られへんのか?」

石田君と長く話す機会はあまりなかったので、こんなに饒舌な石田君を珍しく思った。
私は首を窄ませ、救急箱の在庫を調べつつ着替える石田君と話す。

「俺の標準語は自前だからな。
ずっと標準語と付き合ってきたんだ、今更変えられないよ。」

かれこれ・・・31年間だろうか。
そうか、私はもう精神年齢的には中年になってしまうのか。
なんだろう・・・猛烈に自分の格好がコスプレに見えてきて恥ずかしくなった。
違うんだ、そんなはずはない。私は事実上12歳。12歳なんだ。

「そういえば、石田君は寮生活だったか?
中学生から立派だな。今の歳から親元を離れるなんて、なかなか出来ることじゃない。」

「ほんなら・・・この歳から既に一人暮らしの黒川はんはどうなる?
まだ義務教育は終わってへん。」

少しだけ、私を咎めるような口調になっていた。
心配してくれているのだろう。その気遣いができるのはきっと、親元を離れたからこそだろう。

「心配してくれてありがとう。けど、俺は昔から両親が忙しくて。
おかげで今じゃすっかり自炊が得意な中学生さ。」

事実、母親とは1年に30日も一緒にいない現状だ。
父親は海外を飛び回り、帰ってくればTV出演(まあ大体断るのだが。)
そもそもせっかく買った大阪の一軒家が勿体なくてここに移り住んだのだから。
ちょっとした回想をしていると、石田君がまた口を開いた。

「それは・・・」

ガチャ

「しつれしゃーっす!!
おーハル!相変わらず早いなぁ!
あ、銀お前もいたんか!!なんや今日3番かー。」

相変わらず部室で喚き散らすのは、謙也くん。いい加減黒髪の天パに慣れてきたところだ。
いい意味でうるさいなあ、と思っていると、次々と人が入ってきた。
次第にあたりはざわめきだし、私は頃合を見計らって着替えている連中に欠席を聞く。



――さあ、今日も部活開始だ。







「・・・・・・ん?」

部活が開始してから少しして、テニス部の門の入口に誰かが立っているのが見えた。
今部員はは学校と隣接した四天宝寺の周りを5周しているところなのであと5分は誰もこないと踏んでいたのだが。
テニス部はグランドのトラック並みに広い面積を有していて、4方を石壁に囲まれているため、テニス部を覗くにはその木で出来た唯一の扉を開ける他ない。
壁に隔たれているというだけあり、女性との黄色い声は聞こえてこない。
(もちろん他校同様テニス部のミーハーファンは山ほどいるが、そういう点を踏まえて四天宝寺は穏便なファンが多いかもしれない。)
しかし今立っている誰かは、明がに部外者のようだ。
私は近づいてその人に話しかける。チューリップハットで顔は見えない。

「すみません、お見受けしたところ入校証を持っていないようですが。
見学は構いませんが、華月以外の御用の部外者の方はまず職員玄関で受付を済ませてください。」

「ん・・・おお、すまんすまん。
ちょーど今さっき返してきてもうた。多めに見たってや。」

「・・・・・・・・・。」

咥えタバコ、チューリップ帽。独特な雰囲気を持っている。
どうやら、渡邊オサムのようだ。確か四天宝寺に来るのは来年度からのはずだが・・・。

「まぁまぁ、すぐ帰るって。堪忍な。
ところで、自分はなんでマネージャーしとるん?部員でもええやん。」

「・・・ま、四天宝寺は警備緩いから大丈夫か。」

「ええんかいっ!
で、質問の答えは?」

「貴方に答える義理はありません。」

「そらそーや。
じゃあ、しゃーないわ。」

少し考える風に顎に手を持ってきた。
ここで会話を終わらせるのは、少々もったいない気がした。
ここは真実をオブラートにつつもう。
私は少しして渡邊オサムに質問の返事を返した。

「俺は・・・マネージャーしかできないから。マネやってます。」

「・・・・・・ほー。
ま、がんばりや。ほなさいなら。」

それだけ言って、渡邊オサムは私の頭にぽん、と手を置いて校門へと歩いて行った。

「・・・・・・・・・なんだったんだ?」

やがて、すれ違いのように校門からはテニス部の面々が帰ってきた。



今回も、謙也は最下位のようだ。