庭球 | ナノ

●6月1日/PM4:25/聖サンタマリア女学院

遊びは、唐突と始まった。

生徒会長の仕事は、目を見張るほど多い。
社会人でも一日でこれだけの量をこなす者は少ないだろうその書類の山は、生徒会長という範疇を超えたもので、これも全て祖父が組んだことだと分かりきっている答えに何度と知らぬ溜息をついた。
重く息を吐き出しただけで状況が変わるわけではもちろんないが、自分の肩の荷が少しでも吐き出した空気と一緒に出て欲しいと思った。
毎日のようにデスクワークをこなしていると、あと数枚で終わるという時にそれは起こった。

「会長、朗報だよーっ!」

サンタマリアの生徒会長室のドアを勢いよく開ける生徒を一人しか知らない私は、集中していたこともあり大きく肩をビクつかせた。
案の定ドアの前に仁王立ちをしてその人物は、偉そうに、しかし軽い足取りで高い黒塗りのソファに腰掛けた。
机においてある生け花に「あ、今度はデンファレか〜、いいね。」とのんきな感想を漏らしていた。
私はどうせお前が持って来れば悲報だと腹を括り、渋々といった様子で彼女の話に耳を傾けた。資料に目も通す。

「つい10分前からね〜、うちの校門に男子生徒が人を待っているのよ〜。」

「しかもその生徒が超美形。立海大の制服で〜、」

そこまで聞いたところで、資料に通していた視線が止まる。
足早に資料にサインを終えて会長席を立った。

「不知火、その話・・・詳しく聞かせて。」

今、果たして私は・・・ちゃんと真面目な顔が出来ただろうか。


*


鞄を持って不知火と一緒に校門へ急いでいると、やがて人の密度があがったのがわかった。
と言っても全員が女なのだが、心なしか皆浮き足立っているようだった。・・・いや、これは勘違いなどではない。
やがて校門に着けば、行く先々にたくさんの女生徒に声をかけられたが私は生徒会長の顔を保ちつつも門にもたれかかる人影を目で追っていた。

「失礼、そこの他校生の方。」

「おお、待っとったぜよ会長さん。」

「どなたが存知あげませんが、待ち人には私から連絡をいたしますのでお引取り願います。
貴方のような男性の方がここで待ち伏せてしまえば、嫌でも目立つのはお分かりでしょう?」

「迷惑をかけたのはすまんぜよ。
しかし待ち人はお前さんじゃき、連絡を取る必要はない。」

その回答に、周囲の生徒たちに黄色い声があふれ出す。

「用件をお伺いします。」

「―――お前さんを好いとう。
俺と、付き合ってくれんかのう?」

「・・・・・・・・・。」

さらに高まる黄色い声、それと一緒に混じるたくさんの戸惑い。しかし、この展開に一番戸惑っているのは私だと確信がもてる。
・・・何故、仁王雅治はここで告白をしたのか。
ゲーム開始初日で告白されたことはなくはないが、明らかに初心者の手口とも言える。とりあえず告白してみてそこから自分を知ってしまう、という安易な考えだ。
仁王はとても初心者に見えなければ、唯単にそれだけで告白したわけではないことは明白だ。
しかし、この場所で告白することにはこちらに完全なデメリットがある。聖サンタマリアの生徒が見ている、という帳消しに出来ない一大事だ。
今まで私が必死に固めてきた人物像に少しだけひびが入るようなことだ。生徒からしてみれば、「憧れの生徒会長に男の、しかもちゃらちゃらした男の噂があった」という印象を受けるはずだ。
それよりも一番怖いのは、この学校で仁王雅治という存在は少なからず有名だ、ということ。ファンからの逆恨みという反感はもちろん買うだろう。

「丁重にお断りします。
まず第一に、私は貴方のことをまったく知りません。
第二に、私に恋愛をしている余裕などありません。
第三に、私には結婚を約束した相手がいます。
気持ちは大変嬉しく思いますが、どうぞお引取りください。」

始めは、少しだけ頬を赤らめて。でもちゃんと「学校」を最優先に立てて。
私は今この場でとり得る最善の策で告白を対処すると、では、と仁王の横を通り抜けた。
すれ違う寸前、手首を軽く掴まれる。「待つぜよ」

「確かにお前さんの言うことは理にかなっている。
しかし俺もこんなことじゃ簡単に諦め切れん。
だから、一ヶ月間だけでも、俺を知って欲しい。それでやっぱり脈がないというなら今度こそ諦めるぜよ。」

―――ああ、そういうことか。
私は妙に納得した頭で仁王に向き直ると、意図を察した上で「優秀な生徒会長」を演じる。

「確かに、人を何も知らない上で断るのはよくないです。
・・・・・・分かりました、一ヶ月間、貴方の事を知る努力をして見ます。
しかし、私はこの学院の生徒会長という役職柄、貴方より学院を優先することになります。それでもいいというのなら。」

つまり、彼は私の立場を知りつつあえて告白をしたのだ。
事実上私に敵を作らない形で生活を送るために、彼は【やむを得ない理由で仁王雅治と生徒会長は一緒にいる】という既成事実を作ったのだ。
情報を公式で公表してしまえば、それを見ている目が多いほどアリバイは確立される。よく考えられたシナリオだ。
仁王は返事を聞くなり、花が飛びそうな表情を作って見せた。

「・・・!ほんまか!
よかったナリ・・・よろしく頼むぜよ、黒川さん。
俺は仁王雅治。さっそく一緒に帰るぜよ。」

「・・・・・・え、ちょ!
まって、待ってください仁王さん!!?」

つかまれたまま左手を引きずられ、私は後を追うように学院を出た。





「・・・ふぅ。ここまでくればさすがに安全じゃろ。
さて、何処へ行きたい?デートにつれてってやるナリ。」

「そんなことより、さっきのあれは何。
・・・まあ、とりあえず「ゲーム」のルール説明を」

「あ、そうじゃお前さん、ゲームセンターには行ったことあるか?」

「ゲーム・・・センター?ではなくて、私は・・・、!」

「なんじゃ行ったことないんか。ほら、早く行くぜよ。」

「ちょ・・・手!!」


*


「・・・すごい、すごいわ!」

カラフルに光る四角い機械の上部は、ガラス張りになっていた。
中には数体のぬいぐるみが入っており、同じ猫なのに表情が少しずつ違ったものが入っていた。
上には3本足のアームがついていて、どうやら100円を投入すると手元にある↑ボタンと→ボタンを動かすことによってぬいぐるみが取れる仕組みのようだ。

「これが・・・UFOキャッチャー・・・・・・!
ねえ仁王、私これやりたいわ!お店の人に言って両替えしてくる!」

「なんじゃ、本当に初めてきたのか。
両替機は向こうにあるぜよ。1000円を投入すれば100円が10枚でるナリ。」

「ありがとう、いってくるわ!」

「プリッ」

狙いを定めろという仁王の指示通り、真ん中に一つある怒った顔の猫を狙ってみる。
100円を入れた瞬間、BGMが変化して↑ボタンが点滅した。

「え、ね、仁王!
これ、次どうすればいいの!↑ボタン連打?」

「違うぜよ。長押しすれば押している距離だけアームが奥に進んでいくから、丁度いいと思ったタイミングでボタンを離すんじゃ。→ボタンも同じ要領でよかとよ。」

「・・・あ!行き過ぎた!
仁王、これは手前に戻らないのかしら?」

「はは、いくらなんでもそれはむりじゃき、あきらめんしゃい。」

暫く猫と格闘していたが、とうとう1000円使い切ってしまった。
やっと足を引っ掛けたのに!今ここを離れたら他の人に獲られそう・・・!!
私は先程からあくびを繰り返す仁王を振り返って「ここ、見張ってて!」と言って足早に両替えすると、戻ってまたUFOキャッチャーに喰らいついた。

「のぅ、いい加減あきらめんか?もう2000円とんでるぜよ。」

「でも・・・!だって・・・、・・・・・・。」

仁王はあからさまな溜息をついて、コインを投入すると私がずっと狙っていたぬいぐるみに対峙した。
座った状態の猫の投げている左足にうまくアームを引っ掛けると、上に引き上げる力で猫を左側、つまり出口側へ倒した。私はそこで思わず歓声を上げるが、彼は気にせずもう1コインを投入した。
今度は猫の首についている大きなリボンにアームをひっかけ、そのまま出口へと引きずって落とした。

ポト、

「お・・・ちた・・・?
・・・す、すごい!!!仁王あなたすごいわ!」

「ん。これはやるぜよ。」

「いえ、いいわよ。
貴方が取ったのだし、このぬいぐるみの所有権は貴方にある。
私は2000円かけても取れなかったし、私が手にする権利は」
「あげたんだから、受けとりんしゃい。
俺はお前さんにやるために獲ったんじゃ。」

「・・・・・・・・・ありがとう。」

押し付けられた大きい猫は、私の腕のサイズでは少しだけ大きすぎた。


* * *


どっぷりと日が落ちた夜の街を、仁王と一緒に歩いていた。
結局あからさまなアプローチなどは一切なく、唯私の挑戦に付き合って、隣で時にはアドバイスをくれるだけだった。
彼の本意はまだ分からずとも、少なからず初日から「ゲーム」も忘れて楽しめたことに私は一人驚いていた。
しかし、あくまで本分は「相手を堕とす」。そして私たちは、また水面で接するための【仮面】をかぶる。

「今日は楽しかったわ、ありがとう。ここまででいいわ。」

「あぁ、このぐらいおやすい御用ナリ。
よかったらココに連絡してくれ。じゃ、またのぅ。」

「あ・・・、」

連絡してくれ。そこに少しむっとなった。
去っていく後姿に、自分から連絡してやるものかと思いはしていたのだが、やがて自分が一本獲られたと思った時には時既に遅し、であった。




「ルール説明・・・し忘れた。」