庭球 | ナノ

●5月30日/AM1:15/仁王宅

高校に上がってから、今やもう馴染みの我が家となったLDKの仁王宅。
仁王の両親が弟を引き連れ、幼少期を過ごした田舎に引っ込んでもう2年と少しが経とうとしていた。
理由は母方の祖母の容態を気にしてのことではあるが、当時の仁王からしてみれば至極迷惑な話であった。
当時大学の四回生だった姉はこのまま神奈川に残って社会人を目指すと言って既に一人暮らしを始めていたので、仁王はそれに便乗するように神奈川に残りたい、と訴えた。
しかし姉は付き合って3年になる恋人と同棲中で、さらに立海代付属高校からの距離を考えて自分も一人暮らしをさせてほしいと申し出たのだ。
もともと放任主義だった両親は、駄々をこねる弟を連れて田舎に帰って今に至る。長期休業には必ず四国まで帰省する仁王は、バイトをして生計を立てながらも高校生活を自立していた。

ベッドに寝転がり、仁王はつい数時間前に顔をあわせたの女を思い出してまた口元を歪ませる。
日々の生活に物足りなさを感じていた彼は、久しく忘れていたスリルを思い出して一人微笑んでいた。

(じゃあ、6月1日から初めね。)
(情報は自分で調べてくださいな。)
(楽しみにしているわよ、仁王雅治君。)

今まで仁王の下に寄ってきた女とは違う。
あくまでも一個人として相手を見、仁王を【かっこいい彼氏がほしい】という所有欲の目で見ることはない。
このタイプの奴はきっと別れても被害者面はしないだろう。
オマケに潔癖で有名な私立聖サンタマリア女学院の生徒。
以前あの学校の生徒を彼女として了承したときがあったが、どいつも男を知らない聖女の様な女子だった。
スカート丈は膝丈。髪飾り及び髪染め禁止、化粧禁止、勉学に不要な持ち物は見つけ次第即没収。
学校に隣接して協会がある、正統派お嬢様学校。全校生徒336人、うち交換留学生9人。
生徒数に反して学校の敷地は立海並みに広く、充実した進学校。偏差値は軒並み高い。
理事長は黒川グループの創設者。生徒の情報どころか教員や校長の顔写真すら乗っていない徹底さ。
率直な感想を言えば、不自然な所が多い、というところだ。
普通に見る分には違和感に気がつかないが、先程上げた点を意識すると隠していることが多いような気がした。





●PM13:20/立海大付属高校 校舎裏

仁王は校舎の白い壁にもたれかかりながら待ち人が来るのを待っていた。
待たせたな、という業務的な挨拶で現れたのは、細い目に揃えられた黒髪。仁王より高い身長は、どこか近寄りがたい雰囲気をかもし出していた。
仁王も遅いぜよ柳、と男に声をかけると、男――もとい、柳は生徒会の仕事が入ったと簡潔に遅刻の理由を述べた。
屋上から覗かない限り絶対的な死角にあるその場所は、人が通らないということで仁王と柳の情報交換場になっていた。

「今回は大物のようだな。」

「ああ・・・下手したら、社会的に死ぬかも知れんぜよ。」

「ほぅ・・・。」

柳は興味深そうに話を促した。
しかし仁王は少し話すのを渋っているようにも見える。

「欲しいのは女の情報じゃき。
名前は知らん。学校は私立聖サンタマリア学院。生徒会長の黒川、というやつじゃ。」

柳は少しだけ動揺した様子が見えたが、他人から見れば気がつかないレベルのものであった。
仁王はその様子を瞬間的に捕らえて、柳がコイツについて確実に何かを知っていると確信する。

「・・・何処でそいつを知った。」

少しだけ下がったトーンに仁王の確信がよりいっそう強いものになる。
仁王は探るようにして口を開いた。

「本人に会った。」

「・・・・・・そうか。
では、【ゲーム】という単語に聞き覚えはあるか。」

仁王はここに来て、自分の推測は甘いことに気がついた。
柳は【黒川について何か知っている】ではなく、【黒川について深く踏み込んだ情報を持っている】のだ。
あるいはそう・・・柳にとって知人である可能性も出てきた。
何を想像しても全て答えのない結果に終わるのだろうからそこで思考を打ち切り、慎重に答えを選ぶ。

「6月からだ。」

その答えに沈黙していた柳は、ふ、と口に笑みを浮かべた。

「そうか、ではお前が次の【挑戦者】か。
わかった、できる限り協力しよう。」

【ゲーム】の【挑戦者】だから、協力する、という柳の言い分にすこし思うところがあるが仁王はそのまま話を進める。

「理解が早くて助かる。
情報料は?」

「御崎野」

「高いぜよ。」

間髪いれずにそう告げる仁王は、喜んで情報を提供するというわりには渋っているように見える柳に違和感を覚えた。

「それほど入手困難なんだ。・・・一般人にとっては、な。
まあだが、挑戦者なら三戸部あたりにまけてやろう。
本来ならば黒川の圧力でここから先は調べ上げられないようになっている。」

「とんだ悪徳商売ぜよ。」

「交渉成立だ。
黒川ハル。私立聖サンタマリア学院3年A組。生徒会長。
部活は現在帰宅部だが、元弓道部所属。
誕生日は6月21日双子座。身長162cm。
父親は祖父の会社の専務。母親は主婦。
祖父は"あの"黒川を一代で大手にしたカリスマ。学院の理事長もしている。」

「・・・これだけじゃないじゃろ。」

これだけでは、交換条件の半分の情報にも満たない。
この程度、知り合いをたどればいずれ分かる情報なのだ。
柳がレア、というからには、それなりに自信と確信があるのだろう。

「ああ。ここからが本題だな
彼女は一人暮らしだ。夜な夜な帰るのが遅い傾向にあるようだが、聖サンタマリアの生徒からの目撃情報はない。
所によると基準は不明だが・・・男を選んでお前のするようなゲームをしているらしい。
ゲームの内容について、詳しく教えるか?」

仁王はこの時点で、言い知れない違和感を感じていた。
先程から、柳の喋り方が不自然なのだ。柳らしくもないと思っている。
いつもなら端的にデータを並べていくが、今の柳の話し方はは仁王にとって回りくどく感じた。

(なんじゃ・・・?柳生にしては話し方が回りくどすぎる。
時間・・・稼ぎ・・・?まるで、何かを待っているかのような・・・。)

「いいや、本人から説明があるようだし、大丈夫じゃ。」

「そうか。
男の特徴に共通点はあまり見受けられない。
しいて言うなら、"馬鹿そうではない"というところだろうか。」

「仁王君、ここにいたんですか。
探しましたよ、さあ下駄箱について説明してください。」

柳がそこまで言ったところで、思わぬ邪魔が入る。

「げっ・・・・・・柳生。
少しは空気を呼んでくれんかのう。」

「空気を読むも何も、種を撒いたのは貴方でしょう。
さ、尻拭いは自分でしてください!今日という今日は・・・」

「まぁ、話はまた後日にしよう。」

そういって反対方向へ去っていった柳を、仁王はまた一人後ろ髪を引く気持ちでいた。

「・・・仁王君?聞いていますか?」

「・・・うまいこと、撒かれてしまったぜよ。」





●PM8:25/某所

「ああ・・・すまん。
本気なんじゃ。」

『・・・分かった。さよなら。』

ブチリ、と切られた電話。
これでやっと五件目だと、残るの件数を思えばまた溜息が漏れた。

「・・・こりゃあ、明日も休めんじゃろうな・・・。」