庭球 | ナノ

「40-0」

スパァン、という加速した球体が地を擦る音がストリートテニスコート中に響く。

一方的な試合だった。

しかし、私たちの優勢ではない。
それなりの豪速球が通り過ぎるのを、私と手塚はただ構えたままに見送るだけだった。
勿論の事、対戦相手のサーブに圧巻しているわけでもなければ、恐怖しているわけではない。

「おいおい、もう1ゲーム取られちまうぜ?ガキ」

先ほどサーブを打った彼のその声に、いかにも焦ったような顔を見せる。

「て、手塚!どうしようっ・・・!!」

「・・・・・・。」

前方の手塚は私の表情を読み取り、私が先ほどまでの態度を180度一変していることについて思案しているようで、こちらを振り向き無言になっていた。
彼ならきっと、私の意志を汲み取ってくれるだろう。

「んー?
なんならここで止めでもいいんだぜ?
・・・・・・ま、そんなことさせねぇけど。」

「はははっ!お前マジ性格最悪だな!小学生相手に!!」

手塚はちらりと視線だけを彼らに向けると、こちらに向き直りひとつ頷く。そして静かに指で「4」を作った。
―4ゲーム目で行くぞ―
そう汲み取った私はいまだに困った表情のまま小さく頷苦と同時に眉根を寄せる。

「お、お願いします!」





試合再開。
明らかにこちらを舐めきっている連中に、徐々に外野も増え始め、テニスもせずにコートを囲んでいた。







*






もう既に3ゲームを取られていた。
初心者のそれのようにおぼつかない足でテニスコートを駆け回る私と、ひたすら前傾姿勢のままとまっている手塚。
まともにラリーが続かない状態に中学生側がつまらなそうな表情を見せ始めていた。
そろそろいいだろうとこちらを振り向く手塚に、私は頷き返し、無表情になる。

―――息は、まったく乱れてはいなかった。


こちらのサーブ。
3中2の確率でフォールトを起こしていた私は、そんな茶番を捨て去り普通の小学生の力量でサーブを打った。
彼らはそんな違和感に気づくこともなく難なく打ち返す。
そして手塚は、それにボレーですかさず打ち返した。しかし、速度と力量は私の先ほど放ったものより少しだけ早く強くして。
それも難なく打ち返す中学生。それに私がもう一段階速度と力量が上がったストロークを打ち返す。
ちなみに、5回もラリーが続いているのは初めてだった。

彼らは微量な変化には気づきもせず、ラリーが続いていることについて冷やかし半分の褒め言葉を放った。
再び手塚が無表情で技量を上げる。此処までくれば、どちらかといえば中学生と小学生の試合というより私と手塚の力比べである。

打たれる。手塚が返す。打たれる。私が返す。
繰り返していくうちに、もはや私たちは動かなくなった。最小限の動きで難なくボールを打ち返す一方、中学生たちはコンビネーションがあわずに右往左往。
彼らの知らぬ間に試合の主導権はこちらにあった。

そろそろテニス中級者の域から上級者へ脱しようというところで、彼らのうちの一人が球を拾い損ねる。
実に21回目のラリーであった。彼らの息はもう既に上がっており、先ほどの笑っていられるような余裕は見受けられなくなった。

「くそ、なんなんだよいきなり!」

それでもまぐれだと言い張る先輩に、今度は12回目分威力が増大したサーブを放つ。
それは二人の間を貫き、余すことなくコート上の静寂を奪った。
この快進撃に外野が盛り上がってくると、とてもつまらなそうな顔をした中学生たちは審判を見てにやりと微笑んだのがみえた。


当初の13倍の威力のボールを打つサーブに、中学生はポーズも構えずその球を見送る。
しかし、審判の反応は違ったものだった。

「30-15」

「・・・!」

明らかにこちらの点だった。
なのに何故、40-0ではないのか。そこまで思考がめぐった瞬間に彼らは正々堂々という姿勢の試合を放棄したことを悟る。

「おい!ルール違反じゃないか!!
不正するな審判!!!」

「外野は黙ってろッ!!!」

「・・・・・・っ!」

気迫のある凄みを利かせ、中学生の一人が言い返す。
もはや私はコートの向こうで汚く笑う彼らをテニスプレーヤーとしてみてはいなかった。

「黒川、試合をやめるか。」

眼鏡の奥に明らかな軽蔑の色を含む手塚に、私は堂々と言い放つ。

「いいや・・・試合続行だ。」

「しかし・・・、」

「手塚。」

「・・・・・・・・・分かった。」

サーブの姿勢。中学生らはまたもや構えず、意地汚く笑っていた。
ゴッ ガシャン!!
私の放ったサーブは敵コートのど真ん中に深々とバウンドの後を作り、跳ね返ったボールはフェンスにのめり込んでいた。

これは警告だ。
此処までの脅しで審判が不正を行うようであれば、次は当てる。

そう・・・態度で示したつもりだったが、審判の中学生は上ずった声で「さ・・・30オール」と言い放った。



・・・もう、遠慮はいらない。


私は審判に標準をあわせサーブを放つと、先ほどの同威力の球はわざとらしく彼の頬を掠めた。


「あ・・・すみませんお兄さん、手 が 、 滑 り ま し た 。」

「・・・ひっ!」

「お、おい!
ルール違反だ・・・っ!!」

中学生が話し終わる前にすぐさまテニスボールを高く上げ、サーブ。
ツイストサーブに近しいものを彼の顎に直撃させ、私は綺麗に微笑んで見せた。

「・・・ルール違反?
先にマナーも規則もぶち壊しにしたのは、どちらでしたっけ・・・ねぇ。お、に、い、さん?」

それに、手が滑って審判にボールが【当たってしまった】というのは、別段ルール違反でもなんでもない。
故意的に相手チームにボールをぶつけるのはアウトかもしれないが、これに関しては外野がきっと保障してくれよう。

「さあ、続けますか?」

「こんの・・・クソガキィ!!!」

前衛にいた中学生が、手塚にラケットを振りかぶる。
しかし後ろにいた中学生がすぐさま止めに入る。

「おい、やめろよ!
そんなことしたらお前、」

「・・・クっ・・・・・・!
覚えてろよ、ガキ!!!」

おそらくは内申の事を言っているのだろう。
このギャラリーの多さ。私たちを口封じしたところで、暴行罪で警察のお世話になることは免れないかもしれない。
彼らは4ゲームの途中で試合放棄により、事実上私たちの勝利という結果に終わった。

「秩序を乱すものは、それ相応の罰を・・・だな。」

辺りは一瞬の静寂の後、すぐさま押し寄せてくる歓声や中学生らに向けた非難の声でもみくちゃになった。
コート上に二人取り残された状態で、私はいまだ背を向けて直立する手塚に言葉を投げかける。

「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・。
さっきの続き、するか?」

続き、というのは4ゲーム目から行っていたラリーを返していくたびに重さとスピードの上げていくという勝負のことだ。
もはや歓声など気にはしていないが、なんともなしにやる気が削げてしまったと言うのが本音である。
手塚も同じようなことを思ったのか、賛同の意を示してきた。

「そうだな、また後日にお預けとしよう。
この近くに住んでいるのか?」

「ああ、最近越してきた。っつっても夏ごろまでしかいないけどな。」

「なら、次の日曜にでも会おう。
またあの図書室で、同じ時間でいいか。」

「ん、じゃあな・・・手塚。」

「ああ、そちらもな、黒川。」




結局のところ、何をしにきたのかという終わり方になってしまったが、それもまた一興。
見ごろを過ぎた桜の緑を横目に、私は春の風邪を肺いっぱいに吸い込んだ。







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うわわわわ、前回明後日までにうんぬんいっちゃってますね。
すみません、大変遅くなりました。GW中にもう1話ぐらい上げたいな。
ちなみに管理人はテニス素人です。ここ違うって言うのがあれば是非、教えてください。お願いします。