夕日が完全に沈みきらない少しばかり暗い教室で、彼氏の部活が終わるのを待っていた。
私はこの時間が好きだ。
たった一人で3時間も待っているのは暇ではあるけれど、この教室の窓から遠くに見えるテニスコートにいるであろう幸村君の姿を探すときが至福でもある。
何故待っているのかと問われれば、無論、二人で帰るためである。
幸村君の配慮で私たちが付き合っていることは知られていない。
クラスも違うし、お互いプライベート以外ではすれ違っても一言交し合う程度の、知り合い並の関係にある。
だから、部活帰りの時間は私が唯一幸村くんを独占できる時間であり、大好きなひと時なのだ。・・・なんちゃって。
がらりとドアが開け放たれれば、そこには野球部のエース(らしい)岩村君が立っていた。
幸村君ではないと分かるとどうしても少し残念に思ってしまうが、岩村君は私の心情など知る由もなく話しかけてくれた。
「黒川、遅いな。
何かやってんの?」
「岩村君、部活お疲れ様。
ううん、私はボーっとしてるだけだよ。
そういう岩村君こそ、どうしたの?もう活動時間とっくに終わってるよね。」
男子硬式テニス部以外は最高でも6時には部活が終了しているはずだ。
夏とはいえ、7時近くにもなれば外はとっぷりと暗い。
「俺は忘れ物。
家着いて課題忘れたことに気づいて戻ってきた。」
なるほど、だから少し息が乱れているのか。
私は忍び笑いをしながら忙しいなぁと言えば、彼は教室でのんびりしてるお前がルーズなんだよ、と言い返してきた。
そんなことはないよ。彼氏の帰りを待つ時間は幸せで、早いんだよ。その言葉は口には出さずに。
「じゃあ、俺もう帰るけど・・・もう外暗いし、送ろうか?」
「ううん、私はもう少しここにいるよ。
心配してくれてありがとう。」
「ん、じゃーな。気をつけて帰れよ。」
「ばいばい。」
岩村君が教室から去ると、少しして幸村君が入ってきた。
私はいつものようにお疲れ様と言うが、彼は気分が優れないのか生返事だった。
「・・・どうしたの?幸村君。
何か・・・あったの?具合悪い?」
「・・・いや、何もないよ。大丈夫。」
「そうなの?まぁ、あんまり無理しないでね。
その・・・私に出来ることなら何だってやるから。」
そのことばに静かに視線をこちらに向けた幸村君。
その目はどこか、私の心の中を覗くようなものがあって背筋に冷たいものが走った。
「・・・本当かい?」
「・・・、え」
彼なのに、なぜかいつもの幸村君とは違う人と錯覚して後ずさってしまった。
しかしすぐに左足の踵が机の足に当たってしまい、歩みが止まる。
何故だろう。いつもの優しい幸村君の笑顔なのに、どこか・・・。
幸村君はゆっくりとした動作で私の頬に触れる。
彼の手は部活後だというのにもかかわらず酷く冷たかった。
「ひゃっ・・・!
ゆ、幸村君!?」
とうとう彼の顔が鼻と鼻がくっつきそうなほどまで迫ってきていて、目頭がつん、とするのを覚えた。
息がかかるのが分かると、私の羞恥心は限界に達してきつく目を瞑ってしまう。
暗闇の中とはいえ、これはあまりにも恥かしい。
しばらく目を瞑っていると、あろうことか私のネクタイを緩め、シャツのボタンを外し始めた。
「え、ちょ、幸村君!
私たち、まだ早いよそんなことっ!!」
その言葉にも耳を傾けない幸村君は、ほのかな月明かりに照らされて無常にも微笑んでいるようにも見えた。
その顔はとてつもなく綺麗で、飛躍して言い換えるのなら妖艶で。・・・いや、あながち飛躍でもないのかもしれないけれど。
「・・・ひゃあ!!」
右方の首筋にざらりとした感触と、熱い吐息。
そんなことを考えている猶予と心の隙なんかなかった。
私があほなことに思考停止している間にも、かれは私のシャツを第3ボタンまで開けて肩口に顔をうずめていた。
彼の香りとシャンプーの匂いを顔いっぱいに受け止め、今度はキスマークをつけるかのように何度も肩口にキスをする彼にいい加減頭が参ってしまい、その場でへたり込んでしまう。
「ハル、・・・・・・いい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
私は返事の代わりに、彼の服のすそをぎゅっと握り締めた。
ピピピピピピピピピピピピピピピ・・・
「・・・・・・!」
大声量で叫び続ける目覚まし時計と、9月残暑の蒸し暑さにすぐさま目を覚ました。
カーテンが塞ぎきれていない端から漏れる日の光は、6時だというのに既にぽかぽかと朝を暖めていた。
私は体を起こすと、先ほど見た夢を思い出して顔を布団に再度うずめる。
汗は酷くぐっしょりと身体と布着をくっつかせていて、心臓はバクバクと動いていた。
「・・・夢か。夢か!!
あー、もう・・・あ〜〜〜〜っ!!!」
私が一人悶えていると、部屋の端にいるインコのインコ(本名)が「オハヨウ、オハヨウ」と渇舌よくしゃべる。
あんな夢を見てしまうなんて。夢は人の羨望なども映すという。
そう考えると余計に・・・恥かしい。恥かしい恥かしい恥かしい!!!
嗚呼、私は知らなかったけど、実は破廉恥な人間だったんだ!
――今日、どうやって幸村君と顔をあわせればいいのだろうか。
「あ、おはよう黒川さん。」
「・・・ぁ・・・、・・・・・・。」
*
「黒川さ、」
「ハル行こー?」
「う、うん!!
ゴメンね、また今度!」
「・・・・・・。」
*
*
*
とうとう、ろくに幸村君とも顔をあわせず放課後になってしまった。
私が一方的に意識しているだけの、なんとも迷惑な話だ。
私は日の沈むのが遅いこの6時の教室で、遠目にテニスコートを見ていた。
部長が変わってからも幸村君は後輩を指導するという名目で部活に遅くまで顔を出している。
私はそんな彼をかっこいいとも思うし、何よりも尊敬する。
なのに・・・なのに私はあんな破廉恥な。ああもう、これは絶対に誰にも知られてはいけない。
私がテニスコートを窓越しに覗き見ながらそんなことを思った。
するとふと、ベンチに座っていた幸村君と眼が合った気がして心臓が脈打つ。
・・・いや、もしかしたら校舎になに気なく目を向けただけかもしれない。
私は今だ校舎に目を向けている幸村君に口パクで「ごめんね」と呟いて机に顔を伏した。
* * *
「・・・・・・、・・・ん・・・今何時?」
いつの間にかに寝ていたようで、私は紫黒(しこく)の空を仰ぎ見た。
「7時半だよ。
・・・あ、ハル涎。」
「・・・!!!ひゃあっ!!」
眼の前には幸村君がいて、私の口にハンカチを当てている。
私はそのことに一気に頭が覚醒して、勢い余って椅子が後ろに倒れてしまった。
「・・・いつつ、」
「大丈夫かい?
ふふ、過剰反応しすぎだよ。」
そういって私が先ほどから寝ていた席の隣の机に座っていた幸村君が私を起こそうと手を伸ばしてくれる。
恐る恐ると手をとると、微笑んで引っ張りあげてくれた。
「ありがとう。」
「いいよ。
で、今日は何で俺の事避けてたの?
俺、何かしたかな。」
ぎくり。
やはり幸村君にはお見通しだったようだ。
「・・・ううん、幸村君は悪くないんだよ。
私がその、一方的にあちゃこちゃしてるだけで・・・。」
「詳しく聞かせてくれるよね?」
「・・・ハイ。(命令形!!)」
*
私は結局夢の中の内容を暴露する羽目になり、縮こまりながら電柱の光が照らす薄暗い夜道を幸村君と歩いた。
きっと、今日という日を忘れないだろう。闇歴史として墓場に持って行こうと思う。
「へえ、つまり俺を見ると夢の事を思い出すから避けていたと?」
「ハイ。申シ訳ゴザイマセンデシタ・・・。」
仏のような笑みで微笑う幸村君をもういっそ奉(たてまつ)りたいほどなのに、恐怖で行動に移せない。
昨夜の夢が原因で貴方が見れません、なんて、つまりはそういう破廉恥な目で彼を見ていたと思われてしまうではないか。
「ふふ、でもその夢、きっと展開的には間違ってるよ。」
「ですよね。
だって幸村君がそんなことするはず・・・」
「だって嫉妬に狂ってハルを閉じ込めちゃいそうだし。」
「!?」
とっさに距離を置くと、そんなことしないよといけしゃあしゃあと言ってのけた幸村君。
顔がマジだ。本気と書く方のマジだ。
「でも、」
「?」
「その岩村君と同じような呼び方なのは気に食わないな。
ねぇ、いつになったら精市って呼んでくれるの?」
再び距離が縮まる。
顎を軽くくい、と彼の手で上に向けられる。
幻想的な月明かりだけが映し出す幸村君の顔は、どこか魅惑的で、誘惑的だ。
どこまでも甘い顔。病人のように白い肌。女性でも羨ましがるようなまつげの長さ。
吸い込まれそうな、秘色(ひそく)の瞳。全てが神様の作った彫刻のような人だ。
私は2秒ほど彼の瞳を魅入ってしまう。
あわてて反論しようとしても、きっと立場は逆転しないのだろう。
「ゆ・・・きむら、君。」
「精市。」
「せ・・・かいで一番お姫様。」
「精市。」
「せ、せいい・・・っぱいがんばってます。」
「ハル?」
「うう・・・
せ、・・・・いい、ち。」
何の罰ゲームだ。
他人の名前を呼ぶのにここまで緊張することなんかそんなにないんじゃないか。
私は一生懸命に絞りだした彼の名をもう一度はっきりと呼ぶと、ぽん、と頭に手を置かれた。
「良く出来ました。
じゃあ、ご褒美をあげないとね。」
――――・・・・・。
「ん・・・・・・!」
触れるだけのキス。
始めはそれだけだったが、2度、3度していくうちに幸村君は頭の角度を変え、やがて深いものへ。
舌を入れられるのは初めての事で、頭がボーっとしてしまう。
幸村君の舌が口内へと入り込んでくる行為に戸惑いを覚えるも、お互いの唾液が絡み合って私の脳内はそれどころではなかった。
「ン・・・はぁっ、・・・ゆき、む・・・、」
湿った音が私の耳朶を敏感に触れ、感じたことのない高鳴りを覚えた。
私は息の仕方を忘れたかのように酸欠を起こし、彼の服のすそを少し強引に引っ張る。
幸村君はゆっくりと顔を離すと、もはやどちらのとも分からない唾液が銀色の糸となって引く。
どうしようもなく顔が赤い。
立っていられるだけの余力も残されておらず、私は幸村君に寄りかかる。
「ふふ・・・馬鹿だなあ、ハル。
鼻で息しなきゃ息止っちゃうよ?」
「はぁ、ふっ・・・・だって、幸村君が、・・・っ、」
彼の胸を借りて息を整えていると、再び顔を持ち上げられて目が合う。
まだ私の口からだらしなくたれている唾液を舐め取ると、なんともエロい笑い方をした。
「こんなことで音を上げるなんて、まだまだ先・・・かな。」
「・・・、?」
「だから、ハルのペースにあわせるから・・・。
ハルの全部、俺に頂戴? 」
背筋が、ゾクッとした。
左耳をくすぐるような顔の近さに、息を吐きながら言われた低音。
嗚呼、頭がボーっとする。
あれはきっと、これから起こるであろう・・・
正夢
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ふふ、へ・・・やっちまったぜ。
えっちい話を書くと文章量が多くなる私です。嘘です。
「刹那レンサ」40000打記念。のはず。おめでとー!
こんなのでよかったのか疑問だけど、読み返してもらいたくはない話が出来上がったよ!
お持ち帰りは刹那のみで。これからもよろしくお願いします。
補足。
紫黒■
秘色■