庭球 | ナノ

白石家には、ただいまお母さんの友里さんはいたが、蔵と明香里姉さんは不在だった。
私は驚いた顔の友里さんに人差し指を口の前に置くことで「言わないでください」と伝える。
猫の事情を友里さんに話すと、彼女は冷静に治療をし、念のためと獣医へとつれて行ってくれた。

私は友香里ちゃんとニ人になったところで、情報を得ようといくつか質問をした。
悲しいことだが・・・あの猫の傷からして、虐待と考えて間違えはないだろう。

「最近、ここいらで猫を探すような広告はあったか?」

「見いひんな・・・。」

「じゃあ、あの公園から半径1km圏内にある豪邸。
なるべく、動物愛好家とかだと望ましい。」

「そんなら結構しぼれるんとちゃう?
・・・あ、せや。坂の上にえげつないでかさの家が建っとんで。
確か、そこの家は女性一人暮らしで犬猫一匹やったと思う。」

坂の上の豪邸・・・ああ、木と対照的な色をしている壁の色で遠くからでも良く見える家。
3年前は建てられていなかったので、今日大阪に着いたときに見た光景の中では妙に印象的だったのだ。

「では、とりあえずそこに行こうか。」

「せやな。
・・・・・・・・・て、はああああっ!?」





* * *





「なあ、ほんまにここまで来てよかったん?
なあ帰ろうや黒川。」

「ああ、友香里ちゃんは帰ったほうがいい。
ここからは俺一人で充分だから、後は任せて。」

「・・・・・・・・・。」

私がそういって豪邸の傍の木を登ろうとした所で、友香里ちゃんはしばらく黙り込んだ。
今は塀が高く聳えているが、木に登ってしまうともしかしたら向こうからもこちらの正体が見えてしまう可能性があるので、私は友香里ちゃんが坂を降るのを待っていたが、一向にその気配はなかった。
しばらくして、彼女は意を決した顔でこちらを睨み見つける。

「待ってや、ウチも一緒におる。
最後までほっとかれへんもん。」

「・・・・・・、うん。じゃあ、最後までよろしくね。」

「・・・っ!
おん、よろしく。」

私が意を込めて笑いかけると、友香里ちゃんは赤い顔をしてうつむく。
この反応をされるのはうれしいが、同時に少し申し訳ない気持ちがあった。私は女だ。

私はこれからしようとすることの概要を説明し、さっそく作業に取り掛かる。
家の窓が見えるような木の上に登り、そこの上からあらかじめ持ってきていたデジタルカメラで決定的証拠を掴む。
猫がいなくなった今、その虐待の矛先は犬の方に向けられる可能性が出てくる。
私は門限というものを特にないため、親に迷惑がかからない時間までには帰るつもりだ。補導はさすがにゴメンだ。

「なあ、ホンマにこの上で証拠を掴むまでいるん?
見つかったらどないすんの。」

「はは、見つかったら見つかっただ。
・・・まあ、警察は堅いだろうな。
あいにくこの木は葉が生い茂っているし、向こうからは見えづらい。すこしの事ではバレはしないだろう。」

「何も対策ないんかいな・・・。
まぁ、ウチはあんたを信じるわ。おかんもなぜかあんたと一緒なら門限は破ってええらしいし。」

「はは、そうか。じゃあ、よろしく頼むよ、相棒。」

「おん。」

木に登ったは良いものの、大きな庭の前の窓の中に静かに座っている犬は見えたが家主はこの位置からでは特定できなかった。
犬の方はもう見れない有様になっており、心の底から今助けてやれなくてごめんと思いつつ写真を一枚撮る。友香里ちゃんは必死に奥歯を噛み締めていた。
この一枚だけで、かなりの証拠写真にはなる。しかしこれだけでは警察などには確実な証拠とはみなされないだろう。(今時プロでなくとも合成は出来る。)
私はデジタルカメラのムービーの設定でミュート機能、さらに日時、日付が表示される設定にし、実際に虐待が始まったときに備える。

「・・・・・・・・・暑い。」

「そうだな。大丈夫か?
俺の水、飲んでもいいよ。」

一段上の枝に体を乗せている友香里ちゃんに、スポーツドリンクを渡す。
彼女はそれを受け取って口に含むと、生き帰る!と叫び、その後にはた、と気づいたように赤くなる。ごめん。
「あ、来たで!」

「・・・・・・。」

私は無言でデジカメを構える。すばやく録画ボタンを押した。
ズームすると、奥さんは犬に鞭のようなモノを振りかざす。ドS、などと言っている場合ではない。
無表情なのだ。ひたすら無表情に、犬を虫のように。唯そこに、存在するだけのモノに鞭を振りかざすかのように。

「・・・っ、」

「あまり、見れたものではないな。」

最後の振りかざしでとうとう床に倒れた犬に、止めを刺すかのように家主はひときわ大きく振りかぶる。
ダメ!と叫ぶ声と同時に、私も急いで先ほど何かあったときのためにと拾って来た小石とテニスラケットを出して片手で2階の窓に打撃を与える。
割れまではしないが、これでこの家の近くに誰かがいることは感づかれてしまっただろう。
家主が寸前のところで鞭を手放し、2階へと上がる。
それを見計らって私は録画を保存し急いで木から降りて友香里ちゃんに叫ぶ。

「急いで降りて!さあ!」

「なあっ!?
ここからジャンプで降りろ言うとるん!?
アホかあんた!自分は大丈夫だったかも知れへんけど、私は死ぬで!3Mあるんやで!!」

「受け止めてやるから、早く!見つかったら終わりなんだ!」

手を広げて受け止める体制に入ると、意を決して飛び降りる。
キャッチするとすばやく友香里ちゃんの手を掴んで走り出した。





* * *





住宅街まではいろいろ走り回ってからきたので、友香里ちゃんはもう足に限界が来ていたようだ。
家主さんはきっと警察を呼びはしないだろう。呼んだところで、家宅捜査ともなれば傷ついた犬は隠し通せない。

もう一度白石家に入れば、友里さんは既に帰ってきていた。
この時点で、午後の5時。2時間もの時間を張り込みに使ったことになる。
私はデジカメのメモリーカードを抜いて茶封筒(白石家のモノを拝借)にいれ、急いであの豪邸の住所と家主の名前が入った紙、そして猫を保護していることなどを書き添える。
茶封筒には動物愛護団体大阪支部の住所を。こちらの住所は書かなかった。

「うわ、あんた、めっちゃ字ぃうまいなあ。
うちのおかんよりもうまいんとちゃうん?」

大人の字、なんて隣で言っている友香里ちゃんに対し、
「そりゃあ、精神年齢は19歳ですからね。」という言葉を飲み込んであいまいに笑った。
その後メモリーカードと手紙を入れた茶封筒に80円切手(これも友里さんが喜んだ顔でもってきてくれた)を貼り付けてポストに投函した。
終わったのち、金色の瞳の猫をこれからどうするかという話になった。

「で、このこどうする?里親探すか?」

「俺の家は転校続きで殆ど面倒を見てやれない。
友里さん、この家で飼うことは出来ないんですか?」

「無理やって、このまえおかん、ペットは金かかる言うて飼わしてもらえんかったもん。」

「ええでー。」

「ほらな?
・・・って、えええええ!ええんかい!」

したり顔でこちらを向きながら話す友里さん。やっぱりいざというときには頼りになる人だ。

「ハル君のがんばりにおかん感動したわあ。
今日からこの子はウチの家族やで!蔵ノ介と明香里と・・・あと、おとんにも伝えな。」

「よっしゃ!おかんありがとう!
あと、黒川もな!」

「どういたしまして。」





*





その日は結局、その場で携帯を持っていた私と友里さんはメールアドレスを交換し、さすがにいまさら家はお隣ですなんていえないので玄関まで送ってもらって帰ってきた。
ここからは後日談だが、その猫の名前は正当なじゃんけんの結果蔵案のエクスタちゃんに決定、というメールが届いた。
また、動物愛護団体はちゃんとこちらの意図を汲み取り、警察に通報してその家主さんは罪を問われたらしい。
犬の方はもはや虫の息で、あと1日遅かったら生きてはいなかったかも、というニュースになっていた。ちなみにTV放送の影響もあり、里親志願者は殺到したそうだ。

何はともあれ、無事解決してよかった。
今頃になって白石のプロフィールに家族覧の猫はエクスタちゃんだということに気づいた。



私は、日課になっている父親とのテニスを提案するが、毎年この時期になると父親は外に出たがらない。

「父さん、テニスしよう。」

「ああ、・・・といいたいところだが、今日はパス。だりぃ。」

「大丈夫、1時間だけだから。」

「ハルお前、俺が花粉症だって知ってんだろ?まったく今日は目が痛くてしょうがねえ。」

そういいながら鼻をかむ父親に、これは提案の余地もないなと思い、早々に諦める。
縁側に座って庭がテニスコートという、家よりもしかしたら庭の方が広いのではないかという家の縁側に座る。
隣の家では白石家の3兄弟の明るい声が聞こえて、ほほえましく感じた。

「・・・っくしゅん!

う・・・あれ、風邪かな?」



――これが、【悲劇】(花粉症)の始まりだとは知らずに。








--------------------

てなわけで、エクスタちゃん編でした。
みなさんは良い子も悪い子も盗撮はやめましょう。犯罪です。
勝手な捏造になってしまい、しかも白石夢を目指しているのになかなか2人の絡みが出ないという事実。
次の次ぐらいからは中学生編!の予定。です。