庭球 | ナノ



さわさわと、桜が歌う春。


暖かい陽気に包まれる中、少女は兄を待っていた。
あまり待つ、ということが好きではない少女は、イライラを隠さずに不機嫌な顔で仁王立ちをしている。

そして、ため息一つ。


「くーちゃん、遅い!」


しかし、その声にこたえる者もいない。
とうとう少女は痺れを切らせてその場を動いてしまおうという結論に至った。


「もうしらんっ!」



















――久しぶりに、大阪へ戻ってきた。


本宅に着き、私は一軒家で買った自宅がもったいないなという感想が一番に浮かんだ。
別に今回の転校先が大阪というわけではない。――神奈川の小学校だったが、未来の立海のメンバーには誰一人として会えなかった――春休みを利用して、長く開けていた本宅に帰ってきた、というわけだ。
私はついて早々、家の庭にあるテニスコートで父親といつものように打ち合いをした後、そこいらを散歩しようと思い家を出た。

家を出ると、春の優しい風が通り抜けるのを感じる。ここで不二なんかは「いい風だ」なんていうのだろうか。
大阪の都心梅田に住んではいるものの、道頓堀などの人の集中する場所以外はそこまで人が多いイメージはない。
私があたりをぶらぶらしていると、住宅街を少し外れた公園に二つ結びの女の子を発見した。
そこに至るまでに数人の子供には出くわしたが、遠目から見たその女の子の姿がとあるテニプリの登場人物に重なって見えたから、視線を引いたのだ。
私はそれとなく公園に近寄り、女の子を視界に入れる。近づくにつれ、彼女の正体が白石友香里その人だという確証を得る。

「やぁ、お嬢さん。
暇だったら、俺と遊ぼうよ。」

私は(小学生あるまじきことは重々承知で)軽くナンパをしてみる。
今の格好は後ろ髪を中間の位置で一つに大雑把にまとめ(下のほうはまだ短くて落ちてしまう)、その上にキャップをかぶり、ワンサイズ大きいTシャツの上にパーカー、それに七部丈ズボンというなんとも女には見えない格好なので、まず女だとは思わないだろう。
それでも私を黒川ハルだと見分けられたら彼女は相当記憶力がいい。
友香里ちゃんは私をみてあからさまに迷惑そうな表情をした後、何かを思いついたのか笑顔で答えた。

「んー、えーよ。
ウチも今暇しとったところやし。」

その返事に、今度は私がびっくりする番だった。
おいおい大丈夫か、蔵。君の妹はどこの馬の骨とも知らないヤツにほいほいついていってしまったぞ。
私はしかし顔には出さず、表向きにっこりと笑って友香里ちゃんに話しかける。

「ん。じゃあ行こうか。
名前を聞いてもいい?お嬢さん。」

すると友香里ちゃんは、二つの緩くウェーブのかかった髪の毛を揺らして不機嫌そうな顔で口を開く。

「自分、なっとらんちゃうん?
人の名前聞くときは、まず自分から名乗れっちゅーねん!」

「はは、それもそうだね。
俺の名前は黒川ハル。お嬢さんは?」

「黒川ハル・・・。いや、ちゃうな。
ウチは白石友香里。今日しかあわへんやろうけど、よろしゅう。」

「友香里か・・・かわいい名前だね。よろしくね」

おそらく今の間は、家の近所に住んでいた「お姉さん」の名前と同じでびっくりしたのだろう。そして、異性という事で決定的な違いがあると判断したのだろう。



私は友香里ちゃんの歩幅にあわせて坂道を下り、談笑していたらふと猫の鳴き声が聞こえた。
私たちは顔を見合わせ声の聞こえたほうまで向かってみると、普段人が使わないベンチと木しかないような公園の片隅に、酷く毛艶の良い真っ白な猫がいた。
その月のような金色の丸い大きな瞳に魅せられ、一瞬気づくのが遅れたが、良く見たら首輪がつけられている。飼い猫だ。
私がそこまでの結論に至ったところで、その二つの月をもつ猫は後ろ足を引きずって友香里ちゃんに近寄っていくのを見て、私たちは再度顔を見合わせることになる。

「なあ、これ・・・唯の迷子とちゃうよなぁ・・・。
なに?あんた、怪我したん?」

友香里ちゃんは優しく猫を抱きかかえると、猫はそれに答えるように鳴いた。
白く、綺麗な毛艶にその傷は、あまりにも痛々しく見えた。
4本足の動物たちにとって、そのうち一つでもなくなるのは致命傷だ。馬なんかは、やがて重さに耐えられなくて歩けなくなる末路を送ってしまう。

「この首輪についているの・・・ダイヤだな。
自分から抜け出した面は少ないだろう・・・いや、ないことを祈る。」

「・・・、なして?」

「飼い主はダイヤの首輪を買えるだけの経済的余裕はあるのだろう?
なら当然飯は食い放題、毛並みは最高。猫にとっては楽園じゃないか。
それなのに自分から逃げ出したいって思うときって言うのは・・・十中八九虐待しか考えられない。」

「!?
なんや、つまり・・・この子は飼い主に虐待されて、死ぬ気で逃げ出したいうんか!?」

激情のあまり立ち上がった友香里ちゃんを、何とか制す。

「落ち着いてくれ。あくまでもこれは仮定の話だ。
とりあえず、友香里ちゃん・・・家に上がっても構わないか?」

「・・・はあぁ!?
こんな大事なときになにいっとんねん!かますぞアホ!」

「違う、まずは応急手当をしなくてはいけないだろう。
そこの水道で汚れを落としたら、俺のパーカーで包んでいいから、走るぞ。」








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次につづきます。