庭球 | ナノ


「ざーいぜんっ」

「うわっ、」

休み時間、携帯をいじりながら廊下を歩いていると、突然背中に感じる重みと、やわらかい感触。
突然の事で倒れそうになるのを踏ん張り、声の主を特定すると心臓が跳ね上がったかのように脈打った。

「・・・ハル先輩、わざわざ2号館まで何しに来てはるんですか。」

「なんやつれないやっちゃなぁ。
財前に会いに来たにきまっとるやん!」

その言葉にまた、心臓がおかしくなる。
この人は、いずれ俺の心臓を抉りまくって穴だらけにする気だろうか。
本当に、心臓に悪くて敵わない。

「ほんで、結局は何しにきたんですか。」

「あーせや。忘れるとこやった。
はい、財前。こないだ借りたCD。むっちゃ良かったわあ。
特に、白い方のCDの1番と6番は神曲やんなあ!」

背中からハル先輩のぬくもりが消えると、妙に寂しくなった。
ハル先輩は綺麗な白い紙袋ごと俺にCDを突きつけると、すごくうれしそうに笑う。
どくん。俺の心臓にまた穴が開いた。
いつかこの傷口から君への愛があふれ出てしまいそうだ、なんて、詩的すぎるだろうか。
俺は貸したCDうちの白い方のCDの1番と6番の曲名を思い出して、必死に会話を続けようとする。

「ああ、ええ曲ですよね。
特に6番の間奏なんか、鳥肌もんですわ。」

「せやせや!もうホンマかっこええわあ。
でもな、なによりもいっちゃん良かったんが・・・」

「「15番!」」

同時に言葉を発したことに何よりも喜びを感じて、心臓にまた穴が開く。ああ、痛い。
ハル先輩の活気帯びた声も、財前と呼ぶうれしそうな顔も、何もかもが俺の心臓をぼこぼこにする。
俺にとってのハル先輩は、いわば麻薬だ。一度経験すれば止まらなくなる変わりに、身を削ってしまう。

「ふは、財前とかぶった。何や照れくさいわあ。」

そういいながら照れくさそうに耳元の髪をかけるハル先輩。
今度は針で刺されたような痛さ。

「あ、あとなー、CDと一緒に、クッキー作ってみてん。
まだ試作品やから、うまいかは分からんけど・・・。」

紙袋の中を見ると、赤いリボンに包装されたクッキーが4つほど入っていた。
ハル先輩は時々こうして俺に新作スイーツの実験台にしては意見を求めてくる。
そして完成された菓子は・・・、

「ハル先輩、こっち。」

「へ・・・ざ、財前?
どないしたん?」

「いいから、黙って着いてきてください。」

俺がハル先輩の手を掴んで向かった先は、視聴覚室。
俺はたびたびこの部屋を使うので、1年の時に視聴覚室の合鍵を貰っていた。

「えっと、財前?なんかあったん?」

首をかしげながら警戒の欠片もない顔を向けてくるハル先輩。

「ほんま、アカンやろ・・・ハル先輩。」

ぼそりと呟いた言葉はしかし彼女の耳には届かず、なんて?と返されただけだった。
別に、視聴覚室に来たことに特に意味はなかった。けど・・・たぶん、ハル先輩の視線を独り占めしたかったから、なんて恥かしいことを考えている俺は、相当頭が噴いているのかもしれない。
あふれ出す思いと抱きしめたい衝動をグッとこらえ、貰った紙袋をつき返す。

「先輩、やっぱ俺、クッキー受けとれんっスわ。」

「え・・・・・・やっぱ、迷惑やったかな?
すまんなあ、これまでずっと食べてもろうて・・・、」

「・・・そんなんや、ないんです。
むしろ、俺だけがハル先輩の苦労を知れてうれしかった。
せやけど・・・俺が食えるのは試作品だけなんだなって思たら・・・すんません。」

口走った後に、気がついた。
俺は、何を言っているんだ。そんなこと言ったら、気があることがバレバレじゃないか。

「ざい・・・ぜん。それって、・・・うぬぼれだったら堪忍な。


うちのこと、すき、なん?」


「っ、」

心臓が、痛い。上のほうから引き裂かれそうなほどだ。

堪らず、ハル先輩を抱きしめる。
俺の手の中にすっぽり入る小柄のこの先輩に、俺の今の顔を見られたくなかった。
あふれ出した衝動は、もう後には引けないことを意味している。

「すんません、ホンマは言うつもりなんかなかった。

―――俺、ハル先輩の事が、好きです。
ずっとずっと、好きでした。」

ぼっこぼこに穴の開いた心臓から、ハル先輩への想いが一気にあふれ出す。
押さえつけようとしても、胸がきゅっと締まるだけだった。

「・・・うぅ・・・、」

「・・・!!
す、すんません!泣かせる気なんかないんです。
・・・――辛かったら、忘れてください。」

俺は一歩下がると同時にハル先輩を困らせるくらいなら身を引こうと思ったが、先輩はあろうことか俺の背中に腕を回してきた。
予想外の反応に、先ほどまであんなに痛かった心臓がそのまま加速し始める。振るならこんなことしないで潔く振ってくれ。いっそのこと、一思いに心臓を一刺しして欲しい、なんて思った。

「ちがう・・・、ちゃうねん・・・。
グス、・・・っうち!・・・うちやって、財前が好きやあほぉ・・・っ!!!」

「・・・・え、」

「菓子だって、・・・財前に食べさせるために、試作品とか口実つけてホンマは財前に食べさすつもりでっ、いつも太るぐらい自分で試食して・・・うぅぅっ」

「ちょ、ハルせんぱ」

「うちなんか唯の図書委員ってだけの間柄やし、テニスできるわけでもないし!
ただたんに、財前と音楽の趣味が合うだけの先輩やん・・・。オマケにテニス部のマネかわええし・・・うわーん!!」

知らなかった。先輩も普段、こんなにも俺の事を考えてくれて。
多分、同じだけ傷ついたりしてくれてたのか。どうしようもないほど、うれしい。

「・・・先輩。」

「ふう・・・く・・・、―――ンっ!」



「・・・やっと泣き止んだ。」

「ざい・・・ぜん?
今、」

言葉の続きを聞く前に、またハル先輩を抱きしめる。
さっきより強く抱きしめたから、多分鳴り止まない心臓の速さが伝わってしまうだろう。でも、このあほな顔を見られるよりはずっとましだ。

「俺、うれしいです。
でも俺、たぶんえらい嫉妬するとおもうんスよ。
だから・・・俺以外の人にハル先輩の作った菓子なんかあげないでください。」


「・・・あげへんよ。」


「ほんまに、こんな俺でええんですか?」


「ええよ。財前がええ。」


「ほんなら、俺の事は光って呼んでほしいっスわ。」


「・・・・ひか、る。」


「ハル先輩。ホンマ好きですわ。
俺と、付き合うてください。」

自分は何を口走っているんだと思ったが、すごくうれしかったから。周りに人はいないから。
今くらいは、いつもの俺じゃあ言えないぐらいの甘ったるい言葉を許して欲しい。
先輩は小さくおん、と言って背中に回った腕の力を強める。


「・・・・光。こんなときにこんな話あれ何やけど・・・。
黒いCDの方、な。うち、白いCDもすきやねんけど、黒い方のCDはもっと好き。」

「・・・・・・。」

「黒い方のCDの曲は、おかしな話やけど・・・なんか光みたい、って思うとった。
へへ、こんなこというの、変かも知れへんけど、光の曲やなぁ、っておもったから、好き。」

「・・・・ははっ!
ハル先輩、やっぱすごいっすわ!」

俺は腕の中からハル先輩を解放して、屈んで高三の女子にしては少し低い視線を合わせる。
ハル先輩は腫れた目で少し不思議そうに首を傾けるが、今の言葉は運命を感じざるを得なかった。・・・なんて、俺らしくないだろうか。
両の手でハル先輩の両手を包む。どちらも手が冷たいから、体温が上がることはないけれど。それがまた俺の心を暖かくした。

「・・・あの、黒いCDは・・・・・・紛れもない、俺の曲なんです。
全部俺が作詞作曲した曲の、メジャーアルバム。やから、俺の曲ってわかってくれてうれしいっスわ。」

「・・・ほ、ほんま!?
あれ、全部財前が作ったん!!?めっちゃすごい!
うち、あのCDすっごい好きやねん。どこで売ってるか知りたかってんけど・・・」

「・・・ほんなら、あげます。」

「ほんま!?いやでも買わんとあかんちゃう?売り上げ的に・・・」

「ブッ・・・、たった一人買ったぐらいで、売り上げなんかさして変わりまへんよ。
それに・・・・・・俺が、先輩に聞いて欲しかったんです。これが俺の曲だーって。
謙也先輩は英語が無駄に多いなんてほざいてはったんですけど、ロックなんやからしゃーないっすわ。」

「・・・ふふ、そう考えると、えらい恥かしい歌詞やんなぁ。
たとえば、『I hope your coming with me today.』とか・・・ほんま、うれしいわあ。」

「なっ、口に出さんといてください!
・・・恥かしいのなんて、しっとりますから。」

「へっへへ、ふふっ
財前、何かえらい可愛いやつやったんやなあ。」

「気持ち悪いっスわ、あと名前呼び。」

「しもた!」

普段、絶対に口には出せない言葉をつづった歌詞たち。
どれもそれも、恋の歌は全部・・・ハル先輩を想って書いた詩。
この心臓の傷も、この俺が見ている景色も、このどうしようもないほど溢れる思いも歌詞に乗っけて、全部。









「君に届け。」





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途中から目的が分からなくなったぞ(笑)
財前のプロフィールを見てから、きっとコイツは初音ミクちゃんを動かすP(プロデューサー)だっ!って思ってました。
そしてCDのタイトルとか、曲名とかをあえて出さないようにしました。・・・不自然じゃないかな?