庭球 | ナノ

「・・・・・・父さん、今・・・なんと?」

「ハル、今からパーティーに行くぞ。」



いつものごとく、何の前触れもなく放たれた父親の言葉に頭を抱える。
気づけば私は、これまたご立派な城の前に来ていた。



――ここはイギリス。テニスの聖地、ウィンブルドンだ。










* * *




「Hi!
How have you been?」

「Oh!Jessica.
I'm pretty good.」

厳かにたたずんでいる城へ入ると、父さんはちょっとした有名人だったようで。
先ほどから色々な人に声をかけられては抱擁を交し合う。
・・・それにしても、女性が多いのが気になるところだが。


どうやらここは、英国式庭球城のようだ。
誰が所有しているのかは分からないが主催者は日本の財閥様のようだ。
城の名前が【King of Kingdom】なのに引っ掛かりを覚えるが。
王国の王・・・それに、日本の財閥。


ありえなくも、ないかもしれない。





ある考えにたどり着いた私は、父に一言告げてその場を離れる。
人ごみを掻き分けていくうちに自分より背の高い人ばかりで少し酔いが回り、人通りの少ない場所へと移動する。

そこのベランダからは、目を丸くするほど大きな月が見えた。
背後のきらびやかな社交界が廃れて見えるほど、心を吸い寄せられる大きな月。
その青く照らす光に誘われるように、城の上へと螺旋階段を進んだ。

螺旋階段の頂上までつき、そこから2メートル程飛び降りて向こう側の屋上へ。

しかしそこにいた先客は、蒼い瞳を持つ少年。
月明かりに照らされた横顔は、触れたら消滅してしまいそうなほど儚く、繊細に見えた。
そして私は、彼を知っている。


「・・・見事なものだな。」

「親父に呼ばれて来たのか?
生憎だが俺はお前がいくら付け入ろうとしたって婚約者にはならねぇぞ。」


はぁん、成る程な。
不覚にもその言葉を聞いて笑いそうになってしまった。
きっと彼の【お友達】は彼の家柄目当ての奴らばかりだったのだろう。
そんな彼に、人を信じられなくなってしまった彼に。

――薄汚い大人の世界を知ってしまった彼に。



「ふふふっ、くっ、」

「・・・何が可笑しい。」

あからさまに不機嫌な顔をした少年・・・もとい、跡部少年はこちらを横目で睨んでくる。
業界の向かい風に当てられたのか、マセた少年に育ったものだ。・・・私が言ってしまうのもどうかと思うが。

私は許可もとらず彼の隣に隙間を作らずに座り込み、少し笑いながら月を見た。
彼は何か言いたげではあったが、結局何も言わずに再び白銀の太陽へと視線を注ぐ。

屋上から見たウィンブルドンの夜景は、溜め息が出るほど綺麗だった。
この城の回りに人工物は何一つなく、パーティーの灯りが消えれば、満天の星空は今よりずっと綺麗だったろう。


「君は主催者の息子だろう?
挨拶回りはすんだのか?」

「飽きた。そんなものエスケープだ。
俺の顔色を伺う大人も、優しくして付け入ろうとする大人もうんざりだ。
子供だからって解らないとでも思ったのかっつーの!」

「・・・・・・、そうだな。
腫れ物を触るような態度で接する大人も、
親が権力者だからって仕方なさげに友達になる子供も・・・見飽きたよな。」

これはあくまでも私の前世の話だが。
それでも、私の言葉は彼の心に響いたようだ。

「・・・お前も、そんな経験したことあんのか?」

「ああ、沢山な。
そして私たちが大人になって、なにかを成し遂げても・・・・・・、
【親の七光りだ】と皮肉を飛ばされる。悪い冗談だ。」

だが、仕方のないことだ。
人は誰しも生まれを選ぶことはできないのだから。

「・・・・・・・・・お前は、それにどうやって立ち向かうんだ?」


こちらを真剣な表情で見てくる跡部少年。
泣きボクロがチャーミングだな、とか、作り物のような顔だな、
なんて一瞬思ったが、それを瞬時に頭の隅に追いやる。
私は不敵な笑みを作って立ち上がる。
必然的に跡部少年を見下す形になるが、彼は気にしないようだった。

「そんなもの、簡単さ。
逆にそれを利用して、見返してやればいい。
【親の七光り】と言われたなら、親以上の実績を叩き出せばいい。
簡単にはできることではないが、常に努力をし続ければ必ず何かに繋がるんだよ、跡部少年。

・・・君は、それが出来るだけのカリスマ性がある。」

長々と話したあと、私は古城の屋上を後にする。
しかし、背中に少年の声がかかった。

「お前の名前、覚えてやっても良いぞ。」

その言葉に思わず笑みが溢れるが、知らないふりをして口を開く。

「自分で探してみろ。
期待して待ってるぞ、―景吾。」

【跡部】ではない、あくまでも彼個人に。


そして、いつか戦える日が来るのを、心待ちにしているぞ。

未来の、王様よ。




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跡部の回でした。
フラグをどんどん立てていきたいですね!
そして、古城は映画【英国式庭球城決戦】の舞台のあそこです。
見に行った人は分かると思いますが、まだ見ていない人は是非!((地味に宣伝