庭球 | ナノ

09



視界いっぱいに広がる空の、静かに流れる赤く染まった雲をただただ眺める。
いっそのこと雨が降らないか、なんて考えながら俺は静かに目を閉じた。
体で敷いているコンクリートは今だ俺の体温を少しずつ奪い、しかしそれが今の自分には心地よい。


なぁ、思うんだ。

俺なんかいなくとも
お前は生きて・・・笑っているんだろう。


お前の、【唯一】になりたかった。
だけどダメなんだ。

俺はまだこんなにも無力で。

だけどこんなにもあいつが好きで。



なぁ、怖いんだ。

お前が消えてしまったら
俺は生きていけるわけないだろ?


この先一生、【ハル以外】なんて、ありえない。

だけど、幼馴染という一番近くて遠い存在に、何が出来る。



「・・・好いとうよ」


この一歩を踏み出せば、元に戻れない。
関係を壊したくない臆病な俺は、あいつを自分勝手に突き放したんだ。

ハルの存在が、唯一俺を弱くする。








キィ・・・・・・

屋上の扉が開く音で、目を開ければ、再び一面に哀愁まみれる何処までも澄んだ空が映る。
その足音は屋上の上にいる俺に近づいているかのように鉄の梯子を上る。
睨んでやろうとして体を起こし、目の端でその存在を確認すれば、そこにはハルがいた。

「何しに来たぜよ。」

「仁王・・・ううん、雅君。
どうしても、伝えたい事があるの。」

その言葉に心臓が波打つのを感じる。
これ以上、何も壊さないでくれ。
ハルの伝えようとしているものが、俺らの関係を壊すものだと漠然と思った。

「俺に話す用事はない。
聞く気もないけぇ、帰りんしゃい。」

言うとハルは、静かに座る俺を見下ろし、近くに寄ったと思ったら股の間に入ってきて胸倉を掴む。
いきなりの事に多少驚いたが、ハルの泣きそうな眼を見て何も言い返すことが出来なかった。

「おねがい・・・聞いて。
もうこれ以上、雅君とこんな関係続けたくないから。」

胸倉を掴む手は小刻みに震えていて、ハルの辛そうな顔を見て覚悟を決める。
心が痛かった。今にも泣き出せたらいいのに、顔は自分でも驚くほどに無表情なんだろう。

「言ってみんしゃい。」

「・・・・・・まさ、君。
昔した、約束覚えてる?
雅君と、キャンプで迷子になって・・・朝まで二人でいたときの約束。」

ああ、覚えてる。覚えてるに決まってんだろ。
一度として、忘れた事もない。【ずっと一緒にいよう】。この約束に俺はどれだけ救われたのか。

「知らん、そげな昔のこと覚えちょるわけないじゃろ。」

「そう・・・だよね。でもね、私にとっては大切な約束だった。
あの約束に今でも・・・いつまでもしがみついて生きてきたんだよ。」

心臓が、大きく跳ねる。
ハルも同じ事を考えていたのかと。
・・・だが、それはあくまでも兄弟のような友人として。

「へぇ。
で、話はそれだけかのう?」

「ううん、違う。
私・・・雅君といつまでも・・・【ずっと一緒にいたい】。

雅君の事が、好き。

恋愛感情として、貴方が好きなの。
もう、気づいてしまったの。他の人への嫉妬に、顔も見れない辛さに、・・・私と貴方の間にある幼馴染の壁に。
雅君にとって私は唯の昔一緒にいた友達、なのかも知れない。

でも・・・でも私にとってはっ・・・」




「もう、それ以上言うんじゃなか。」




折れてしまいそうなほど華奢なハルの体を、だけどこれまでにないほど強く抱きしめる。
ハルにまで伝わるほど震える自分の体を抑える術もなく、ただ強く目を閉じた。

「まさ・・・く、ん・・・?痛い、よ。」

「ハル。
こんな俺の事、好きなのか?」

「・・・好きだよ。大好き。
ずっと一緒にいたい。一緒に卒業して、一緒に笑って・・・一緒に家族になりたい。」

「俺は、お前が思ってるよりずっと臆病なんだ。
お前を傷つけたくないって言いながら自分が傷つくのを恐れてた。
平気で嘘は吐くし、俺はお前を貶めようとしているのかもしれないんだ。それでも?」

今でも怖い。これは実は都合のいい唯の夢じゃないのかと。そして再度ハルを強く抱きしめる。
声も掠れて、震えて、目頭が熱くなる。嗚呼、こんなの詐欺師じゃない。

「うん、知ってる。
人を自分の中に踏み込ませないように作り笑いしてるのも、そんな口調にしてるのも。
そんな雅君だから、傍にいたいんだよ。」


昔からずっと、ハルは簡単に俺の心に踏み込んでは手をとって救い出してくれる。
いとも簡単に俺に居場所をくれて、無償の愛をくれる。・・・何も返せないのに。
俺は少し頭を後ろに引くことで距離を開け、ハルと向かい合う。
腫れた目の下の頬に流れる一筋の線を指先でゆっくり払った。



「愛してる。」



そういうと、ハルは今度こそ大粒の涙を流す。
だけど顔は笑っていて、その顔がとても綺麗だと思った。

「私たち、随分遠回りしちゃったね。
私、昔は当たり前のように雅君と結婚するつもりだった。」

自然と、自分の視界もゆがんでいた。
今度はハルが俺の涙を拭って、二人して泣きながら笑いあう。

本当に。こんなことをしていたら3年も経ってしまった。
こんな、こんなにも簡単なことだったのに、俺は関係が壊れるのを・・・【ハルが離れる】のを恐れた。
なのに・・・俺が出来なかったことをこいつは簡単にやってのけた。

「昔から俺はハルに寄り付いてくる男共を見てこんなこと考えてた。
『俺なんかいなくても生きていけるハルならいらない』って。」

「ふふ、なにそれ。
でもそうだな・・・そんな私存在しないや。
雅君がいなくなった私は死んじゃいそう。私は雅君を中心に世界を回してるから。」

「俺も・・・お前がいなかったら生きていけない。」

「あはは、私たち・・・似たもの同士だね。」

そういって綺麗に泣きながら笑うハルに、黙って額をくっつける。



なぁ、怖いんだ。

お前が消えてしまったら
俺は生きていけるわけないだろ?


・・・なぁ、怖いけど。

俺なんかを傍にお前は置いてくれたから。
生きて行ける、そんな気がして。





なぁ、思うんだ。

お前が生きているから
俺も生きていけるんだろうと。


なぁ、思うんだ。

俺なんかいなくても
生きていけるハルならいらない







寂しい夜と淋しい僕で
気が付けば世界は二人きり。










think so ,






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あとがき