うちには野良が二匹住み着いていた。
いや、二匹には語弊があるだろうか。正しくは一匹と一人。
餌を食っては散歩に行き、気ままに生きるのは野良猫。そして、どこからともなく現れて気が済むと帰るこいつは
「藤田さん、藤田さん。」
「ああ、聞いている。今度は何だ。」
「呼んだだけー。」
これでもう、幾度目のやり取りだろう。
へらりと締りなくはにかむこのガキ。縁側で俺の入れた茶と、押入にしまい込んだ豆大福を咀嚼しながら、人の家でダラダラと。
そういえば、俺はこのガキの名前を知らない。コイツがここに住み着くようになってもう二ヶ月は経とうと言うのに、おかしな話だ。いつも気が済んだら帰ってしまうから、自分では聞けずにいた。
初めこそ藤田さん、藤田さんと呼ばれ煩わしさを感じていた。
いつしか俺は、枝豆も、大福も、煎茶も。二人分用意する様になったと気が付いたのはつい最近である。
「ねえ、藤田さん。」
こうしてまた、こいつは俺の名前を無意味に呼ぶ。
俺も俺で、いちいち返答を返すのだから人のことは言えない。
「何だ。」
今度もまた、腹が減っただとか、月がきれいだとか、呼んだだけだとか、しょうもない話題だろう。そう予想を立てながら返事をした。
「私が死んだとして、物の怪になったらさ、
藤田さんが私を斬ってね。」
その日を境に、そいつは姿を現さなくなった。
それは懐疑的な
(俺を呼ぶ)(懐かしい声)
俺の日常に小娘が居なくなったところで、何かに障るわけではない。
今日とて物の怪を扱う現場にいて、上からの口うるさい指示の元、無害そうなそいつを斬る。
気配を便りに、サーベルを振り降ろした。
淡々と斬るだけ……の、筈なのに
姿が見えないそいつを、俺は知っている気がした。
胸のうちにはただ、喪失感だけが残るのは何故だろうか。