冬に咲くひまわり3
家に帰って、ベッドの上で一晩中昨日のことを考えていた。
私とお弁当を食べている時の子供のような笑顔のブランキスキ先輩と、3年の先輩と話している時の氷のように冷たい声の先輩。
どっちが本当の先輩なんだろうか。私を利用しようとしているの?
そういえば告白してきて恋人になったけど、無理やり成り行き上そうなっているけど…。
どっちかって言うとただ一緒にお昼食べているだけの先輩後輩だ。
どんどん先輩への印象が悪い方に流れていってしまう思考を無理やり変えようとしても、後ろからどんどんどんどん悪い感情が押し寄せてくる。
「もう、自分の気持ちもわからない…。」
*
「愛惠あんた…どうしたのその顔。」
「寝不足…。気づいたら小鳥が鳴いてた。」
「つまり寝てないわけね。
何があったかしらないけど、体壊さないようにね?」
「ありがとーミキ。」
生返事で答えると、私は昨日と同様二つのお弁当を持ってブランキスキ先輩の後ろについていった。
「あ、そうだこれ。昨日のお弁当箱。洗っておいたよ。」
ベンチに座ると、見覚えのある巾着を手渡された。
わざわざ洗ってくれたみたいだ。
「あ!ごめんなさい、昨日回収するの忘れちゃって…。」
「いいよ、僕のために作ってきてくれてるんだから、それで十分。これぐらいさせてよ。」
そう言ってにこやかに微笑むブランキスキ先輩を見つめる。
髪の毛……綺麗だな……。
「愛惠ちゃん?」
「……あっ!ごめんなさい、なんでしたっけ?」
「大丈夫、昨日寝てないの?
寝れる時にちゃんと寝ないと、死んじゃうよ。ここは日本だからそうそう死なないかもしれないけど…。」
冗談には聞こえない忠告を心に刻む。
そういえばロシアって、どんなところなんだろう…。
「先輩の故郷は、どんなところですか?」
お弁当を開けた手を止めて、曇り空を見上げた先輩。
故郷に思いを馳せているのだろうか。
「僕の故郷か……とても、寒いところだよ。」
悲しそうな顔をするのはなぜだろうと、私はブランキスキ先輩の瞳を見ていた。
その表情は喜怒哀楽のどの表情も映していないのに、私には先輩が泣きそうに見えた。
「とてもとても寒くて、凍えそうなところだ。」
「僕は、昔孤児で、親代わりの人にいろいろこき使れたんだ。
それでやっとの思いで一人前になれたと思っても、皆がばらばらで…。」
私には何を言っているのか、全然理解できなかった。
ただ、朦朧とした意識で、目の前で必死に寂しさを耐えている子供を抱きしめないと…そう思った。
「……よし、よし…。」
「!」
私は、自分よりもずっと大きいその人の綺麗な白髪を、優しく優しく撫でた。
もう大丈夫だから、泣かないで。
「よく、頑張ったね…。きっと、あなたの努力が、報われる…時、が……」
*
「………。」
眩しさに目を薄く開けると、青いペンキの色が映った。
縦に広がるコンクリートの床。自分が横たわっているのがわかった。
「私…寝ちゃったんだ…。」
ダメだな、昼間でも11月は寒いから、風邪ひいちゃう。
そう思って起き上がろうとしたとき、私の上にブレザーがかかっているのがわかった。
「??」
徐々に思考が覚醒し始める。
そうだ、私さっきまでブランキスキ先輩とご飯…!!
急いで起き上がると、ちょうどチャイムが校内中に鳴り響いた。
時計を確認すると、15:10。6限目の終わりを告げるものだったようだ。
当然辺りにはブランキスキ先輩の姿はなく、しかし代わりに先輩のものと思われる大きいブレザーが肩にかかっている。
それは私のスカートまですっぽり隠してしまうほど大きくて、一人わーわー言ってしまった。
それと、私が先ほどまで枕にしていたものの正体はマフラーだった。
こんなに長いマフラーをしているのは先輩だけだと思う。
大切そうに持っていたのに、いいのかな。私なんかに貸してしまっても。
私はマフラーとブレザーを綺麗に畳んで、急いで手付かずのお弁当を消化した。
「あ、愛惠!」
「ミキ?」
私がお弁当を消化している最中、次に屋上の扉を開けたのはミキだった。
彼女の手には私の鞄があって、HRが終わったのが見て取れた。
「ごめん、ありがと〜。」
「昼休みが終わっても戻ってこないから探し回ったら気持ちよさそうに寝てるし。
まあイヴァン先輩に何もされてなくてよかったけど。
そのブレザー、先輩の?」
「う、うん…多分。
ベンチに座ったところまでは記憶があるんだけど…。」
「そりゃ寝たわね。確実に。
全く、警戒心の薄い…。」
「すみません…。」
大きく息を吐くミキに平謝りすると、食べ終わったお弁当を片付けて椅子から立ち上がった。
ぴゅう、と、耳に響く風が冬の到来を知らせた。
「行くんでしょ?イヴァン先輩のところ。」
「う、うん。」
「そ。じゃあ私は先帰るね。なんかあったらすぐに電話しなね?」
きっと5限目遅刻してまで探しに来てくれたんだろうなぁ…。
なのに先に帰らせることになってしまって、本当にミキには頭が上がらない。
「ミキ、ありがとう。」
「……駅前のパフェ、おごりね。」
「あ、あの540円の?」
「楽しみにしてるわ。」
そう言って後ろ手を振るミキの言葉からは優しさと気遣いがにじみ出ていて、つくづく良い友を持ったと一人にやけていた。
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