艶が〜る | ナノ

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夜の帳はすっかり空を覆っていた。星が綺麗だ。
お金にまだ余裕があるからいいものの、やはり貯金の三分の一は痛手だったが、また一つ徳を積んだと思えば後悔なんてない。

そして・・・悲しいことに、今からではどこの宿も満室だ。少年を探すのに随分と時間を食ってしまったようだ。

「・・・どうしよう」

すっかり暗くなった道をとぼとぼ歩いて、本格的に野宿を考え始めたとき。
賑やかな明かりに誘われて訪れた先は、島原。

「・・・・・・。」

誰か適当な遊女に逢状を出せば、泊めてくれるだろうか。
いいや、私は女だ。島原にいてはきっと不自然。もう野宿するしか・・・。

そのとき、ぐい、と手首を掴まれた。

「・・・!」

「何しとんの!遊女が大門外に出たらあかんなんてこと、禿(かむろ)でも知っとんで!!」

今時足抜けなんて、などとつぶやいている男の人は、私を手首を痛いぐらいに掴んで大門の中まで引き入れた。

「あのう」

「だいたいそないな格好で抜け出せたとでも思うたんか?
辛いんのもわかるが、身請けされんのを待つか、現実を受け入れや。」

私の顔も見ず、男性はずんずんと奥に進んでいく。
遊女の脱走・・・いわゆる足抜けと間違われてしまったのだろう。
このままではまずい。おそらく、何かしら罰を受けることになる。

「ご主人、なんの勘違いをされてらっしゃるかはわかりませんが、私は旅芸人でございますゆえ」

「ああ?なにをわけのわからんこと・・・」

やっと振り向いた男性の顔は、徐々に驚愕に染まっていく。

「ほら、白塗りもなんにもしていないでしょう?」

「・・・へ、へぇ!ほんま、すんまへん。」

男性はこれでもかというほど頭を下げた。
多分、ここではそんなに身分の高いものではない。

「誤解が溶けたならよいのです。
私の方こそ紛らわしいところを歩いていたわけですし。
では、これで失礼します。」

「・・・・・・せやけど、大門はもう・・・」

「え?」

振り返ると、遠くに見える先程の門は固く閉ざされていた。
男性の話によると、夜も更けると島原ではお客さまを帰らせないために出入り口である門を閉ざしてしまうらしい。
私は宿を探している最中だったので、なおのこと途方にくれた。
これから、花街でどう宿を見つければいいのやら・・・・・・。

「・・・わての仕事、置屋の検番なんどす。
置屋の主人にどうにか一泊できないか頼んでみるさかい、それでいいでっしゃろか?」

「・・・本当ですか!
宿の心配をしていたので、本当に助かりました。恩に着ます。」

「元はといえばわいのせいやし、こんなの恩返しにもなりまへん。
ささ、こちらどす。」


案内されたのは、「藍屋」という名前の置屋。置屋というのは、遊女の下宿先だ。
しかし今は揚屋にいて不在とのことで、揚屋まで足を運ぶことにした。揚屋は、遊女が花を売るお店。いわば仕事場だ。
私はあたりを歩く小奇麗な商人や武家人たちをみて、本当にここは花街なんだと改めて関心した。周りから見たら、まるで田舎者だ。

検番さんは、揚屋の人に何かを話していた。置屋の主人さんというのは、ここにいるらしい。
ぼーっとしているとあの人もここに来るのだろうか、などと考え事をしてしまうので、考えないように表にいる揚屋の人とお話をしていた。

すると、しばらくして検番さんはたいそうな色男を連れてきた。
色男、というより、美人だろうか。色白で儚い印象を持つが、きっと遊女から人気があるだろう。
立ち振る舞いからしても、置屋の主人なんて身分じゃ足りないぐらい優雅な動作だ。
個人的な印象、綺麗に笑う人だと思った。

「あんさんが、例の旅人でござんすか?
うちのもんが大変無礼を、えろうすんまへん。
わては藍屋というもんどす。どうか今晩ははうちに泊まっておくれやす。」

「みやびと申します。
代金は支払います、一晩お世話になります。」

すると藍屋さんはすこし驚いた様子で、一瞬だけ目を見開く。
次の瞬間にはすかさず笑顔を振りまいて、優しい声音で私の言葉を否定した。

「お代なんて、そんなもんとらしまへん。
せやから、ゆっくり・・・」

「そ、それは私が困ります!
宿代ぐらい、払わせてください。」

「元はうちのもんの不手際や。懐にしまっておくれやす。」

これでは埒があかない。藍屋さんもそう思ったのだろうが、彼も彼の立場がある。
私は新たな提案をした。

「・・・では、どうしても受け取らないなら、せめて芸で払わせてください。
三味線で食べていますゆえ、腕には自信がございます。」

背中の三味線を撫でた。
しかし検番さんは、なんぼなんでも申し訳ない、と小声でつぶやく。
藍屋さんは少しの間私を凝視すると、やがて先程と同じ綺麗な笑顔に戻った。

「ほなら、一日うちの遊女に三味線を教えてもろてもええどすか?
明日の昼時のお話になってしまうんやけど・・・どうでっしゃろか?」

「はいっ!」

本物の花魁の舞、見れたりするのだろうか。
私は明日の昼のことを考えて少しだけ胸が弾んだ。






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本当、需要すくなくてごめんなさい。
だってどうしても書きたかったんだ!!


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