艶が〜る | ナノ

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「さあ聞いてらっしゃい見てらっしゃい!
島原人気の新造と乙宮太夫の共演だよ!!」

私は『翔太くん』が泊まっているらしい宿の近くで声を張り上げ、三味線を調整しながら京の人たちの注意を向ける。
「島原人気」と「乙宮太夫」に釣られてか、私と艶子ちゃんの周りはみるみるうちに人だかりができていった。

「ほ、本当にやるんですか・・・?」

「あ、前列のお客さんは座ってくださいな。
ほらほら踊りなさい、曲は合わせてあげるから。」

そう言って、艶子ちゃんに舞を促す。
最近完成したという舞を、どうせだから翔太くんと坂本さんに見てもらおうと企てた計画だ。
周りの人も艶子ちゃんが緊張しながら舞っている姿をいいぞ、とか、がんばれとか、微笑ましく応援していた。
徐々に気乗りしてきた艶子ちゃんはやがて失敗も気にせず楽しそうに踊りだしたので、私の伴奏もスピードを上げる。
慌てて伴奏についていこうとする艶子ちゃんと、それに際して盛り上がりを見せる観客。

私・・・やっぱり芸者という仕事が好きだ。

やがて芸が終わると、艶子ちゃんは疲れながらもやりきった笑顔で観客にお辞儀をしていた。
結局途中で芸を見やめる人はいなく、誰もが思い思いの金額を巾着に入れていく。
中には、小さな女の子がこれしかないけど、と持ってきた少ないおこずかいを入れている場面にも遭遇できて、艶子ちゃんは嬉しそうにお礼を言っていた。

人だかりが過ぎ去ったあと、艶子ちゃんと同い年くらいの少年と二十歳半ばほどの男性が立ち止まっていた。
直感的に、あの二人だなというのがわかった。

「・・・・・・艶子、なのか・・・?」

「あ・・・翔太くん!坂本さんも!!」

「艶子・・・まっこと驚いたぜよ。」

「実は、こちらの方に遊びに誘ってもらって・・・。」

立ち上がってニッコリと微笑んでみせる。
翔太くん、なかなかのイケメンだ。坂本龍馬さんは気のいい近所のお兄ちゃんみたいな感じ。

「はじめまして、みやびと申します。
乙宮太夫・・・て、言えば通じますか?」

それに真っ先に反応したのは坂本さんで、キラキラした笑顔で私を見返してきた。

「おお!お主が『あの』乙宮太夫か!
まさか京に来てるとはしらんで・・・ええ演奏だったぜよ。」

そう言いながら、巾着にお金を入れてくれた坂本さん。

「ありがとうございます。
ふふ・・・実は、お二人を驚かせたくて艶子ちゃんに芸のお手伝いを。
楽しかった?艶子ちゃん。」

「はいっ!!本当にありがとうございました!!
みやびさんのおかげで、こんなにあったかい気持ちになれました。」

「あーもう、あんまり可愛いこと言わないの!
翔太くんこの子持って帰っていいかしら!」

「だ、ダメですよそんなの!!」

「どうして?翔太くんはただの幼馴染でしょ?」

「そ・・・れは・・・・・・。」

やばい。絶対いま顔にやけてる。
もう・・・青春だなぁ・・・。

「って、うわ!
ごめんなさい、積もる話もあるでしょうけど、今日はここで失礼します。
行くよ艶子ちゃん間に合わない!!」

空は真っ赤に染まってしまっていた。
幸い化粧もしてあるのでこのままお座敷に出られるが、遅いと藍屋さんに怒られる。
私は急いで三味線を背負い、巾着を忍ばせ、右手に買い物したもの、右手に艶子ちゃんを掴んで走り出した。

「・・・なんか、嵐のような人でしたね。」

「おぉ・・・。」


*


「藍屋さん、みやびです。」

「入っておくれやす。」

「失礼します。」

沈みそうな太陽を背にして、藍屋さんは壁にもたれかかるようにしてこちらを伺っていた。
逆光で、あまり顔は見えない。

「艶子ちゃんの外出の許可・・・ありがとうございます。」

「こちらこそ。あの子もやっと息抜きできたさかい、みやびはんには感謝しとります。」

「お役にたててなによりです。
それで・・・太夫の件ですが・・・。」

「へぇ。」

「私・・・やっぱり芸者が好きです。今の仕事に誇りを持ってます。」

「へぇ。」



「だから・・・私を、期間限定で太夫にしてください。」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・と、言いますと?」


間を空けて藍屋さんが理由を聞く。
多分、私の口ぶりからして太夫にはならないというのかと思ったのだろう。

「やはり落とし前は自分で付けるべきだと思って。
でも、芸者としての仕事を辞めたくない。

だから、私は芹沢さんの件が片付くまで乙宮太夫として京に滞在します。
旅芸人としての乙宮太夫は・・・それまで封印します。

これが、私の答えです。」

「・・・・・・・・・。」

藍屋さんは真剣に私の話を聞いていた。
太夫は遊女の最上位。大事な商売道具であって、そんなに直ぐになったりやめたりできるものではない。
やっぱり、ダメだろうかと思いつつまっすぐ顔を向けるが、やはり逆光でちゃんとした表情は良くわからない。

「・・・・・・ふぅ、かなわんなぁ・・・そないな顔されたら。
わての負けや。その条件、のんだりまひょ。
ただし、あんさんは舞に関しては素人や、死ぬ気で覚えなはれ。よろしゅうどすな?」

藍屋さんは、初めにあった時よりきっと優しく微笑んで、私を見ているだろう。

「・・・っ、ありがとうございます!」

「あと・・・あんさんが他の遊女とちゃうんは、いつでも辞められるっちゅーことどす。
辞めたくなったら・・・辞め。」

「・・・・・・藍屋さんは、優しい方ですね。」

しかし、ポツリとつぶやいた言葉に、緊張が走ったのがわかる。
・・・この話題は、地雷だったのだろうか。

「・・・わては、そないな男とちゃいます。」

陰りのある声に、少しだけこの人の素顔を垣間見た気がした。

「・・・そうと決まれば、善は急げ。
私、揚屋さんに挨拶に行ってきます。」

「みやびはん。」

出て行こうとした私に、声がかかる。

「はい。」

「おきばりやす。」

「・・・いってきます。」



島原太夫の「乙宮太夫」として初めての、”いってきます”だった。




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