過去拍手夢 | ナノ
『さーさーのーはーさーらさらー…』

『--様?』

『…ねぇ、菊。
今日は七夕なんでしょう?』

『…えぇ。』

『雨は降ってない?
雲は出ていない?』

『晴天でございます。』

『……そう…よかった。』


そうおっしゃる貴方様は、この世界に終わりを告げる前とは思えないほど慈愛に満ちたまなざしをされていた。
もう貴方様のお名前すら思い出せない程の時が経った。
それでも、この日になると鈴のような声が私の頭に木霊する。

『何故でしょうか?』


--様は、私の言の葉を柔らかに包み込むような声音で、紡がれた。




『空は誰にも邪魔されない。
私は地上に別れを告げて、これから天の川原に引き裂かれる織姫と彦星を救いに行くのよ。』


『――貴方様なら、本当にそうなされるのでしょうね。』



私は一切の疑いもなく、そう答えきった。
彼女もまた、そうよ、と微笑われる。


『――いたぞ!!!
後は姫さえ殺せば我が天下統一だ!』



刀を構える私の左手に、そっと右の手を重ねた貴方様は、先刻と同じ笑みを浮かべて私に寄り添った。


『さあ、菊。最期のお願いよ。
短冊には書いてはいないけれど…この願いは貴方に託したから。』


『--様…。』



『連れて行って…私を、あの満天の川の先へ。』



これが、歴史の裏に塗りつぶされた姫の、最期の言葉だった。



愛しい貴方様の心の蔵を、この両の手で構えた刀で、貫いた。


『お慕い…申しておりました。』


息もしない貴方様の亡骸に、溺れるほど募った想いをもらした。







そして、彼女を想って、幾度目の夏が過ぎ去っただろうか。
縁側から見上げる天の川に、雲ひとつ邪魔の入らない空。

宇宙(そら)とつながる。


私の叶わなかった願いを、一夜限りで紐解く。

一国の姫君に恋慕を抱くなど、笑止。
国という私の身分ではとてもとても遠く、本来交わることすら許されない存在。


「あぁ…綺麗ですね。
今なら、貴方様に手が届くでしょうか。」


届くはずのない天の行水に左手をかざす。


一寸の風が靡(なび)いて、風鈴の音を揺らした。



「……?」



近所の子供達が提げて行った色とりどりの短冊。
大きな笹の葉の、一番天辺に、黒い短冊があるのを見つけた。
少し背伸びをしてそれを取る。

名前は書いていない。
しかし、願い事を書いた字はどこか見覚えのある字。


"         "



「……ふふ、」




私はその短冊を、笹の葉の一番高い場所に吊るし直した。







七夕のラブレター
(私もよ、)(ありがとう)