過去拍手夢 | ナノ


「蒸し暑い・・・・・・・・・。」

「おやおや、女性がそんなところでおへそを出すものではありませんよ。」


縁側に大の字で寝そべっていると、床の木がひんやりと体を涼ませる。
本田さんの声に慌てておへそをフリーサイズで大きめのTシャツに隠すと、彼はくすくすと笑いながらスイカがちらちらと姿を見せるお盆を持ってきた。

私は急いで体を起こすと、本田さんに期待のまなざしを向けて凝視。彼のどうぞという合図がでてコンマ1秒でスイカにかぶりついた。

「今日はありがとうございます。
おかげで今年もなんとか七夕までに間に合わせることが出来ました。」

「んぐ・・・、いえいえ!
原稿手伝ってもらっているのは私もですし、困ったときはお互い様です!
それにしても、本田さんのお家は子供たちが良く遊びに来るんですね。」

そう。今日の夕方まで、締め切りはまだもう少しあった本田さんの原稿を手伝っていたのだ。
そして先ほどまで子供たちが本田さんの用意した短冊にたくさんのお願い事を吊り下げ、本田さんを本当のおじいさんのように慕いながらキラキラとした目で彼の七夕エピソードを聞いたいた。
なんでも、毎年ここいら周辺の地域の人たちは先祖代々、子供、親、おじいちゃんよりずっと昔の代までこの家に短冊をぶら下げに来ているそうだ。
そして私もまた、ご近所の一人である。
私はいまだに目の前の彼が国の化身だとは到底思えないのだけれど、時折電話越しに見える冷えたまなざしなどを見ると、嗚呼、私よりたくさんの事を経験しているこのお方は、まさしく祖国様だ、なんて性懲りもなく思ってしまうのであった。

普段はコミケ大好きな純和風日本人!ってかんじなのになぁ、とくすくす忍び笑いをしていると、当の本人は不思議そうに首をかしげていた。

「サークルの仲間に湾ちゃんって子がいますよね。
確かあれが台湾・・・の化身でしたっけ?すごいですよね、日本語ペラペラで。」

「ふふ、伊達に長生きしていませんからねぇ・・・私たち。」

それから少しの談笑の後、本田家の大きなのっぽの古時計(菊さんよりは若い)は時刻午後九時を知らせる金を低重音で知らせた。
それと同時に月明かりを隠した雲が遠くへ巻くように逃げると、満天の星空が広がっていた。
さすがに田舎よりは見栄えしないのだけど、都内であったらここはすごく綺麗に星空の見える場所であろう事は確かだ。

「・・・・・・七夕伝説は、何故7月7日なのか、ご存知ですか?」

「何故です。」

聞き返すと、菊さんはそこ答えを予想していたかのように穏やかに、こちらを向く。
まるでその問いに意味はない、とでも言っているようだ。

「実は私も存じてはいないのです。
でもそうですね、梅雨真っ只中の7月7日は、雨の日が多いというのが通例です。
そこで昔の人々は、七夕に雨が降ると催涙雨と呼び、彦星と織姫が会えなかった悲しみを雨にして流したと言うお話があります。」

「それは何だか・・・さびしいですね。
その二人はまた来年まで、ひたすら待たなければいけないんだすか?ひたすらに働いて。
それで、また来年が雨でも、それでもまた来年まで待つんですか?
・・・・・・・・・そんなの、辛いですね。」

いつの間にかなくなったスイカをお盆に載せて、満天の星空を見上げる。
あれがデネブ、アルタイル、ベガ。3つをつなげ合わせて夏の第三角形。小学生から誰もが習うお話だ。

「ふふ、しかしそう思った日本人はやはりそういった細かい風習を気にせず、いまや七夕は年に3回も行われているんですよ?」

「年に・・・3回?」

「はい。通常の七夕は7月7日。
そして、旧正月の七夕。旧正月の7月7日は今で言う8月下旬ですね。
最後に、8月7日、という説。
つまり、織姫と彦星は雨が降っても後2回だけ、あえるチャンスがあるって事ですね。
これならまだ、仕事も続けられそうではないですか?」

はは・・・なるほど。
なんとも日本人らしいというか・・・何というか・・・。

「そうですね・・・・私が織姫だったら、仕事場ほおり投げて彦星と駆け落ちしちゃいます。」

そういうと菊さんは少しおどけた風におや、とつぶやいて、そして天の川よりも綺麗に笑って見せた。





「なら、私が彦星なら、今宵貴方をさらいに行きましょう。」









そんな、七夕
((・・・なーんて、ね。))