過去拍手夢 | ナノ
「じゃあ…もう行くね。
毎日連絡するから。」

「わかってるわよ、ほら遅れるよ。
……いってらっしゃい。」


背中を向けて、あなたは歩き出した。
糸を結び直すかのように手を繋ごうと伸ばすが、祝福の風すら掴むことはできない。

行かないで

閉じ込めた心は、離れていく君を子供のようにせがむ。

もしも私がもっと強かったら、こんな結末にはならなかったのかな。
もしも私が君と出会わなければ、こんな思いしなくて済んだのかな。
もしも私がそこで引き止めたら、こんな手紙書かなくて済んだのかな。




<<――繰り返し放送致します。
x月x日 xx:xxに打ち上げ予定だったNOSAの有人ロケットの、打ち上げが失敗しました。>>

数日にわたってそのニュースは、大々的に発表された。
モニターの奥は幾度と目にした宇宙開発基地の火災現場を繰り返し放送していた。
打ち上げが失敗した有人ロケットに乗ったはずの宇宙飛行士の消息は不明のままで、予定通り乗り込んでいたのならまず即死だろう。
キャスターは涼しいカオで日本人宇宙飛行士の安否を報道する。




人々の興味の矛先はすぐに変わった。観衆の視線は移ろい易いものだ。
私とあの人の家に、手紙が届いた。
悲報だった。
開けるまでには随分と時間がかかったが、開いて中を読むと案外すんなりと文面が理解できた。

ああ、あの人は月に行ったまま、もう帰ってこないのか。そう思った。そう思うことで、必死に自分をなだめていた。

人は悲しいと泣く。嬉しいと笑う。それは何のため?
自分のためではない、他人のためだと、あの人は日頃から諳んじていた。
ならこのさめざめと瞳を濡らす行為に何の意味があるのだろうか。
泣く相手がそこにいないのなら、私は何のために泣けば、笑えば、すねれば、怒ればいいというのだろう。


暫く、空虚な生活が続いた。
私はアメリカから日本に戻って、実家に帰って両親の下で暮らし始めた。
半月かした時に、NOSAから多くの荷物が届く。開ければ、それはあの人の遺品だった。遺品なんて、とても都合よく片付けられたものだ。

彼の職場環境を知ろうと資料を適当に眺めていると、赤いファイルの中に楽譜が入っていた。
鉛筆で汚く綴られた五線譜の物語は、まだ未完。タイトルだけが決まっていない。何度も消した跡が見て取れる。

「……っ、」

最後のページの下に、走り書きで「ここでプロポーズ」と書かれていて。
楽譜の下にある紙には、歌詞が書いてあった。何とも甘ったるい、ギザでテンポの悪い曲だろうかと、私は少し微笑む。

「ふふ…」

本当に…大真面目に恥ずかしいことするんだから。
ああ、でも

それは素敵なプロポーズになるのだろうと、容易く想像できた。



きっとそこは、自宅とか、行きつけのカフェとか、人のいない場所で。
そういえば一年前から不器用なのにギターを始めたのはそういうことだったのかな。

いつものようにテレビを見ながら夕飯でも食べて、きっと緊張しながら、でも思い出したような声で「そういえば、新しい曲が弾けるようになったんだよ」と嘯くのだろう。
私は何にも知らずに彼のギターを弾く姿を眺めて、やがてその歌詞が私に向けられたことを気づく。だって、歌詞に私の名前が書いてあるんですもの。
曲が終わって、なんだか胸が詰まった私は、彼からの告白についには首を何度も縦に振りながら泣き出してしまって。彼はきっと困ったように、でも嬉しそうに笑うだろう。


容易に想像できた。

……そんな、幸せな歴史への欠片を



「……こんなもの残して…、


私を置いていくな、馬鹿ぁ…!」







(不器用で優しい)(あなたなんて)






貴方への手紙