※社会人になってから、タレント黄瀬※





『黄瀬くんって今付き合ってる子とかいるの?』
『えー、言っちゃダメって事務所から言われてるんスよ〜。』


テレビから流れてきた音声に、思わず吹き出してしまう。最悪なことに私は歯を磨いていたので、口から飛び出した白い飛沫が辺りに散らばってしまった。かといって、私が唾液を噴出したところでテレビの中の彼が止まるわけもなく、番組は非情にも進行を続ける。


『それもう言っちゃってるようなものじゃん!』
『え、いやいやいやいや!気のせいっスよ!』


共演者の、CMや雑誌などでよく見かける人気モデルの彼女が私の気持ちをそのまま代弁する、それにもヘラヘラと答える彼に少し腹が立った。にっこりと微笑みながら、涼太との距離を心なしか詰める彼女はとてもキレイだ。本当に、流行りのメイクも髪型も、全てが彼女に似合っている。


『どんな娘なの?』
『答えられないっス!』
『あ、じゃあ、好みの娘とか教えてよ!』
『好みの娘っスか〜?』


テレビで見る彼は普段の彼よりも心なしか軽めに見える。だからこそファンの女の子たちは街で会ったときや学校で、気軽に涼太に話しかけることができるんだろうなぁ。ぼんやりと考えながら床を拭く。それで現実と、テレビに作り上げられた幻想とのギャップに少し驚くんだ。現実の涼太はテレビよりずっと真剣で、誠実で、自惚れかもしれないけれど…ずっと一途だ。


『秘密っス』


唇に人差し指を当てて、カメラに向けてウインクをする。そのウインクを受け取っている人がたくさんいると思うと、いくらキャラ作りだとわかっていても少し腹がたつ。その画面の中の涼太と目が合ったちょうどその瞬間、携帯の音が鳴った。あわててテレビの音量を下げてから出ると、さっきまでテレビに映っていた張本人の声がする。


「あ、もしもし?ナマエっち、今俺の出てる番組見てくれてるっスか?」
「見てるけど…あれ、大丈夫なの?」
「あはは、それがあんま大丈夫じゃないんスよ。ナマエっちのこと、色々出しちゃったし」
「全然私のことについては、ぼかしてたじゃない」
「俺が電話かけてから、ナマエっち真面目にテレビ見てないっスよね?」


律儀にボリュームなんて絞らなければよかった。ちらり、とそちらを見てもすでに番組終了のテロップが流れ始めていて、今から上げたところで意味はなさそうだ。


「…この電話はテレビから目を逸らさせるためか」
「もし事務所クビになって、就職先もなかったら、ナマエっち、養ってください!」
「また、随分情けないプロポーズね。…いいわよ?私がいつまでも養ってあげる」
「じゃあ、ついでにもう一つお願いしても良いっスか?」
「…なに?」
「外見てほしいっス」


ベランダからちょうど見える、アパートの入り口を見ると、そこには花束を持った涼太が満面の笑みを浮かべていた。


「ナマエっちー!大好きっすー!!」
「バカ」


携帯と、直接、二重に聞こえる告白を聞きながら、漏れてしまう笑みを抑えつけた。



2015/06/21
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