「そういえば、笠松先輩の彼女さんってどんな人なんスか?」


練習も終わり、ロッカールームで雑談しながら着替えていると、ふと黄瀬が漏らした。そもそもコイツは俺に彼女がいるという話をどこから入手したのか。いきなりのナマエの話に不意を突かれて、少し動揺したけれどそれを表に出さないよう、堪える。


「…教えねーよ」
「俺らの1つ上の代の、マネージャーだよ」
「てめぇっ森山!何勝手に話してんだ!」
「別にいいだろ、笠松。俺らの先輩でもあるんだし」


森山と小堀が、さらに黄瀬にナマエの情報を与えた。そしてさりげなく後ろで早川がニヤついているのが目について、とりあえず一発蹴りを入れる。その後に早川が妙にナマエに懐いていたことを思い出してもう一発。


「へー、年上のお姉さんって何かエロいっスね!」
「あ?アイツに色気なんてねーよ」
「確かに、ナマエ先輩ってあんまり…」


ナマエのことを自分で否定するのはいいけれど他人に否定されるのは嫌だ、というのが、くだらないわがままだとは解っている。

「森山、何か言ったか?」
「…いや?ただカッコいい系だよな、って話を。そうだよな、森山?」
「 あ、あぁ」


例えその内容が事実でも、人の彼女を馬鹿にした森山を睨むと、小堀がすかさずフォローを入れ、庇う。その小堀をもまとめて睨んでいると、気の抜けた声で黄瀬が口を開く。


「あー、でも普段カッコいい感じの人がいざって時にしおらしいと、燃えるっスよね」
「…お前の頭の中はそれしかないのか、黄瀬」
「いや、森山先輩にだけは言われたくないっスわ」


ぼうっと、惚けた様な表情で黄瀬は俺に主張してくる。すかさずその内容に森山がツッコミを入れても、俺はそもそも黄瀬の放った言葉の意味が解らずその場で二人のやり取りを見ていた。


「ん?いざって時ってどういう時だ?」
「え、そりゃいざっ!って時っスよ」
「?」


二人の流れを見ていれば聞かずとも理解できるかと思っていたその内容が、結局解らず自ら聞くしかない。思い切ってその内容を聞いても、なぜそんなことを聞く、とでも言いたげな黄瀬の表情に、自分がまるで常識がないかのような気さえする。


「…先輩方って付き合ってどれくらいなんスか?」
「えー、来月で2年だな」
「えっ!2年間もおあずけってことっスか!?」


おあずけ、という単語が出てようやく そういう話 だということに気付いた。確かに思い返すまでもなく、俺とナマエは そういうこと をしたことがない。別にしたくない、というわけではないし、したいと思ったことも確かにある。



**********


「幸男、幸男…聞いてる?…ゆきちゃーん」
「あ、悪い。けど…ゆきちゃんはやめろって」
「だってゆきちゃん、人の話全然聞いてないじゃん」


ナマエの言い方から察するに、どうやら何度も俺に呼びかけていたらしい。久しぶりに会ったというのに、今日のロッカールームでのことがどうしても頭から離れなくてつい考え込んでしまっていた。


「だから悪かったって」
「ってって何よ。私が悪いみたいにしないの」
「…ごめん」


俺から謝罪の言葉を聞き出すと、満足そうによし、と言ってから俺の頭を撫でる。何度言ってもやめないナマエのこの癖も、高校から変わらないこのやり取りも、本当に、本当に何ひとつ変わらない。このままでも十分幸せだけれど、でもどうしても黄瀬の言っていたことが引っかかる。


「ねぇ幸男、ひょっとしたら誰かに、私たちのことで何か言われたでしょ?」
「…何で解った?」
「んー、一緒にいたら解るよ」


そこまでぴたりと自分の脳内を占めている悩みについて当てられると思っていなかったため、口を開くのに少し時間がかかってしまう。どうして、という問いに答えたナマエはいつもより少しさみしそうに微笑んだ。


「何、言われたの?」
「………」
「…歳上と付き合ってるからって馬鹿にされた?」
「ちがっ…違う」
「じゃあ何て?」


少し俯き気味に俺の悩みの種を探ろうとする表情が滅多に見せない悲しそうな顔で、深刻な悩みでもないのに彼女にこんな表情をさせているという実感が胸を締め付ける。


「あ…その、まだ、なのかって」
「まだって…何が?」
「だから、俺とナマエが、まだそういう関係じゃないのかって!」


思い切って打ち明けるのに、どうしても後半の語気が強くなってしまった。そのことも相まって、沈黙が二人の間に流れる。


「…誰に?森山?」
「…黄瀬」
「あぁ、キセキの彼、ね。モデルだっけ?」


顔を上げたナマエは怪訝そうな表情で森山の名前を呟く。先ほどまでの悲しそうな表情はどこにも見受けられなかったので、少し安心したけれど黄瀬の名前を出すと、現役時代に後輩を叱る時と同じ表情に変わり、芸能人と同じ価値観な訳ないでしょうが、と低い声で呟く。


「…幸男は、私相手に今までそういうことしたいって思ったこと、あった?」
「そっ…そんなの、…あるに決まってるだろ」
「え、あ…あるんだ」
「当たり前だ!」
「ふぅん?」


ずい、と距離を縮めて俺の方に両手を添える。真っ直ぐに見つめてくる彼女の瞳から、思わず目を逸らした。その時、肩に衝撃が走る。


「えっ…ナマエ?」
「………」


どうやら彼女は俺をベッドに突き飛ばしたらしい。俺が起き上がるよりも先に、上に馬乗りになり、その意図を問うべく開いた俺の口を自身の口で塞いだ。開いたわずかな隙間から、舌を差し入れて俺の舌を弄ぶ。舌と舌の絡み合う初めての感覚に、情けないことに酸素が足りなくなって少し頭が痛くなる。暫くしてナマエの口が離され、二人の間に糸がかかり、切れる。


「っ…ナマエ!」
「…あのねぇ、こういうことって女の子からは言いづらいし、仕掛けにくいの。それに幸男、何も言ってこないから…」


そう言ってナマエは再び顔を近づけてくる。今度は心の準備が出来ている分、それを甘んじて受け入れる。ナマエに主導権を握られているという事実と、自分が受け身であることの羞恥心。そして自分の性癖を思い知らされるかのように、反応してしまう自分の身体が悲しい。


「………っ」
「んっ…はぁ………ねぇ、最後まで私にやらせるの?」


男の癖に?と俺を見下ろしながら言う彼女の表情は、いつもの少しあどけなさの残る笑顔と違って妖艶だった。煽られた俺は意図もたやすく上下を逆転させて、彼女を見下ろす。


「優しくしてね。ゆきちゃん」
「さぁ?できるかどうか、わかんねぇ」
「きゃあ、怖い」


自分が組み敷かれてもなお、余裕綽々なナマエの首元に吸い付くと彼女は目を細めて頬を赤らめた。その表情で自分の箍(たが)が外れ、もう止められず、後戻りできないことを悟った。



純愛なんてやめにしましょう



title:LUCY28
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黄昏様に提出
2013/02/04
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