「ねぇ、聞いてる?」


高い、不満そうな声色の声が聞こえた。慌ててその方向に首を向けると、頬を膨らませたナマエとバチリ、と目が合った。


「え?あぁ、海に行きたい、だった…っスか?」
「あ、ちゃんと聞いてたんだ。ぼうっとしてたから、聞いてないのかと思った」
「俺がナマエっちの話を聞いてないわけないじゃないっスか!」
「ふふ、そうだった。いつなら、行けそう?」


帝光中学バスケットボール部の休みは少ない。レギュラーともなるとそれは一層少なくなり、自然と遊べる日にちも少なくなる。俺の場合それにさらに仕事の予定が加わるので、実質部活がオフの日に遊べることなどあってないようなものだ。けれどすぐさま携帯のスケジュールを開き、部活がなく、さらにキャンセルすることができそうな仕事の日を見繕う。


「うーん、来月初めの土曜日なら大丈夫…っスね」
「来月かぁ、やっぱり…主将は忙しいんだね」


残念そうに、でもどこか誇らしげに微笑むナマエの瞳に映るのは俺であって俺でない。ナマエは俺を通して彼女を捨てた、帝光バスケ部の主将、赤司征十郎を見ている。

全て正しい彼のことだから、ナマエを捨てたのにも理由はあるのだろう。けれどそんなことは俺にとってどうでもいいことだ。どうしてこうなったのか、それは俺が彼女の一番の相談役だったから、ただそれだけ。そして俺はちょうど彼女を好いていて、彼女の見る幻想にとって一番都合の良い相手だったのだろう。本当に、たったそれだけの理由で、俺は簡単に囚われてしまった。


「ところで、最近のその語尾の〜っス、って何なの?」


一瞬ぎくり、とした俺の気持ちを余所に、何だか涼太みたいよ、と優しく微笑みながら俺の頬をそっと手で包み込む。それで間違いないのだ、ということを伝えたところでそれを認めてもらえないことは火をみるより明らかである。


「ナマエ、唐突で悪いんだけど…別れて欲しい…っス」
「え…どうして、どうしてそんなこというの?嫌だよ、そんなの嫌だ」


ナマエの手を俺の手で包み返して、彼女のその瞳をできるだけ見ないように言い放つ。けれど必死に、必死に俺を引き留めようとする今にも消えそうな彼女の震えた声が俺の心を締め付ける。

彼女が俺を俺として見ずに、彼に重ねているのならば彼の振りをしてフってやろう。何度も何度も試みても、一たびそのあまり感情を映さなくなった瞳に涙を浮かべ俺にしがみつき、そんなの嫌だと泣く彼女を見てしまえばその気持ちも薄れ去る。

それをする限りこの関係が終わらない。そう解っていても、やはり彼女を抱きしめ返してしまう俺はまた、彼の振りをすることに徹することになる。そうしてまた次の日、彼女に俺自身を見て欲しくなって、この茶番を繰り返す。

こちら ま で 狂ってしまいそうだ。

ナマエをそう思ってしまっている自分に気づいたのと、俺の頬を涙が伝っていることに気づいたのは同時だった。


title:反転コンタクト

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黄昏様に提出
2012/11/08

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