※黒子と夢主は双子設定です



ナマエ、ナマエ、ナマエ

産まれた時から今まで、ずっと僕の側には彼女がいる。僕の瞳に映るのは天真爛漫な彼女の笑顔ばかりで、また彼女の瞳に映るのも僕だけのはずだった。

ただ、僕とナマエが違うのは、彼女は兄妹以外の拠り所を見つけて、僕が見つけられなかったという所。僕は彼女の瞳に映るのは僕だけだと信じて疑わなかった。自分が、そうだったから。


朝起きて悶々と考え事をする日々がもう何日続いているだろう、いつもよりも早く起きてもそのままベッドの中で考え事をするのが日常になってしまった。家族のみんなが起きる時間になってから、行動をする。

バタバタと階段を下ってくる足音を立てるのはナマエだ。寝癖を何とかしようと洗面台に向かっている自分の背後から、彼女がこちらに向かっているのが鏡越しによく見える。朝から元気な彼女と違って自分は生憎と低血圧だから避ける気力すらない、というのは言い訳で正確には避けたくないというのが本音。


「テツー!おはよ!」
「おはようございます。ナマエ、いつも言ってますがいきなり飛びつくの、やめてください」
「何だよーテツ君はつれないなぁ」
「ナマエが朝から元気すぎるだけです」


暫くたってからナマエを引き離し、そう言いながら彼女の顔をむにっと片手で掴んでやると、ぶつぶつと文句を漏らしながらも僕の手を振りほどき、ナマエも身支度を始める。こういうやりとりがないと、いい加減中学生になってしまった以上、ナマエに触れることもできない。もどかしい、目の前にいるのに好きなように触れることもできずにただ空間と時間を共有せざるを得ない今の状況が。


**********


「いってきます」
「あっちょっと待ってよ!…テツってば、冷たいなぁー」
「何も冷たくないです。ナマエに合わせてたら遅刻してしまいますから」



いつも通りの家族としてのやり取り、そう、ナマエには最近彼氏ができた。それでも変わらないこの日常。毎日、毎日少しの幸せを得ることができていたこの朝のやり取りが、今の自分には耐えきれないくらいの地獄に感じるようになったけれど。


「ナマエっちー!黒子っちー!おはよーっス!」
「黄瀬くん、おはようございます」
「涼太!おっはよー!」


暫くナマエと2人で学校までの道を歩いていると、前方にスラリと背の高い彼が立っていて、僕たちを発見して嬉しそうに手を振っているのが目に入る。そう、ナマエの彼氏で自分のチームメイトの黄瀬くん。

彼と合流すると自然と、ナマエの話しかける対象は僕から彼へと移行する。当たり前だ、だって恋人なのだから。仮に恋人じゃなかったとしても、下手したら四六時中一緒にいる自分なんかより、彼に話しかけるのは至極当然のこと。一歩、ほんの少しだけ彼らと歩くペースを変えて、怪しまれない程度にゆっくりと。眩しすぎる彼らの近くにいるのは今の自分にはあまりにもつらい。


「今度の土曜、練習も仕事も入ってないんスけど、ナマエっちはどこに行きたいっスか?」
「えー、涼太と一緒ならどこでもいいよ」
「本当っスか?そういうの、男子はめっちゃ嬉しいんスよ?」


楽しそうに話をするナマエと黄瀬くんを見て、もう、手はつないだのだろうか?キスはしたのだろうか?その先は?

生まれた時からずっと一緒だったのに、それなのに、それなのに自分の知らないナマエを彼が知っている、そう考えただけで吐き気がする。そしてそんな感情を抱いている自分が情けなくて、情けなくてそんな自分に対しても吐き気がする。


「…テツ?」


名前を呼ばれてハッと顔を上げると目の前にはナマエが立っていて、僕の額に手を当てていた。あぁ、うっかりしていた。怪しまれないように努めようと毎朝、誓っていたというのに。


「何か、辛そうだよ?具合、悪い?」
「…大丈夫です」
「嘘。…帰ろう?私も、一旦帰るから。…涼太、ごめん先に行ってて」


そういってナマエは僕の肩に手を添える。自分のことを心配している彼女をよそに、今日はいつもよりナマエに触れることができているなぁ、なんて考えている自分がいる。


「俺も送ってくっスよ?」
「私は兄妹だから遅刻する理由になるけど、涼太はならないでしょ。大丈夫、ちゃんと行くから」
「…黒子っち、お大事にっス。赤司っちには俺から言っときますわ」
「すみません、黄瀬くん」


ね、とナマエに念を押されて黄瀬くんはあまり納得いっていないようだったけれどしぶしぶと学校への道を再び歩み始めた。


**********


「ナマエ…」
「大丈夫?やっぱ辛い?」
「大丈夫です…」


家へ着くと、問答無用で部屋に押し込まれた。すぐに着替えさせられ、ベッドに押し込まれる。熱で頭がぼうっとしているわけでもないため、押し込まれる理由がほかの理由だったらよかったのに、何て考える。ベッドに腰掛けて僕の額を触るナマエの手に自分の手を重ねても、彼女のその頬が赤く染まることはなく。ただ微笑んで僕の頭をなでるだけに終わった。


「…学校、大丈夫ですか?」
「テツが寝るの待ってから行くよ」
「すみません」
「何で謝るの、大好きなテツのためだもん。こんなのあたりまえのことなんだから」



その大好きの意味を、変えたくても変えられなくて僕の心は毎日血を流す。



僕の名前を優しく呼んだ少女



title:弱体化ヒーロー

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黄昏様に提出
2012/10/19
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テーマ「人外ファンタジー」
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