いつのことだったかな。
『名前ちゃん、これあげる』
僕はそう言って、名前ちゃんに花の冠を渡した。
『うわあ…ありがとう、総ちゃん!』
名前ちゃんはそんな些細なもので喜んでくれた。
僕は本当に名前ちゃんが大好きだった。
―だけど、そんな幸せな日々は壊れていった。
『名前ちゃん…っ!』
『いやっ、総ちゃん、…っ!』
名前ちゃんを買いに来た、男たちの手のせいで―
僕は、名前ちゃんを守れなかった自分が嫌で、情けなくて…
だけどそんなとき、近藤さんと出会ったんだ。

「どうしたんだ、総司」
縁側で寝転がっていると、土方さんがやってきて隣に座った。
「何がですか」
「昨日から変だっただろ」
もしかしたら、もう土方さんにはバレているのかもしれない。
「聞いてくれますか」
「ああ、話せ」
「…好きな子が、いたんです」
僕はぽつりぽつりと話した。
幼なじみだった名前ちゃんが好きだったこと、
名前ちゃんが売られてしまったこと、
名前ちゃんを守れなかったことを今でも後悔していること。
…昨日再会して、まだ好きだというのを思い知らされたこと。
僕の話を何も言わずに聞いていた土方さんは―
「連れ出しちまえばいいじゃねえか」、と言った。
「…は?」
「好きなんだろ? あっちだって好きで働いてるわけではないんだろ?」
「まあ…そうですけど」
「なら、連れ出せばいいじゃねえか」
…この人は、真顔で何を言っているんだろうか。
「そのときは、新選組で面倒見てやるからよ、弱気になってんじゃねえよ」
そう言って笑うと、土方さんは自分の部屋に戻って行った。
…そうだ、よね。
弱気になってちゃだめだ、1番大変なのは名前ちゃんなんだ。
「…よし、」
僕は覚悟を決め、島原へと向かった―


「…はあ」
結局あれから、総ちゃんに会うことはなかった。
戻りづらくてうろうろしていると、丁度交代だと言われたからだ。
「逃げてばっかりだ、私」
そう呟くと、自然と涙がにじんでくる。
「総ちゃん…ごめんなさい…」
まだ、好きなの。
あのとき私が売られていなかったら、今でも一緒にいられたのかな?
2人で、幸せになれたのかな…?
するとパタパタと足音が聞こえ、私は急いで涙を拭った。
「名前ちゃんお座敷、ご指名よ」
指名…?
私は立ち上がり、お座敷に向かった。

「失礼します、名前と申しま―」
すす、と襖を開けて中へ入る。
するとそこにいたのは―
「…名前ちゃん」
「総…ちゃん」
ニコリと笑う総ちゃんだった。
「どうしたの…? 私を指名、」
するなんて、と言おうとすると。
ふわり、と総ちゃんに抱きしめられた。
「総ちゃん…!?」
「ごめんね、名前ちゃん…」
ごめん…?
「君を守れなくて、本当にごめん」
私が売られたときのことを言ってるの…?
「本当に、」
「違う…! 総ちゃんは悪くないの、私が…私が、」
「ずっと後悔してた」
抱きしめる力が更に強くなる。
「好きな子を守れなくて…ずっと、後悔してた」
好きな子、って…

「好きだよ、名前ちゃん…今も、昔も」

総ちゃんは優しい声音で言った。
「…でも、私、私、」
売られた女なんだよ?
「僕はどんな名前ちゃんでも好きだよ」
どんな私でも―

「一緒に来てくれる? 全部、投げ出して…僕のところに」

涙でぐしゃぐしゃで声も上手く出せない私は、ただこくんと頷いた。
「…大好きだよ、名前ちゃん」
「わ、たしも…総ちゃ…ん」
そう言うと総ちゃんはニコリと微笑んで、私に口付けをした。




「名前」
突然上から降ってくる声に、私はびっくりして上を向く。
「総ちゃん! もう巡察から帰ってきたの?」
「うん、特に悪いやつもいなかったしね」
「そっか」
あれから、1年が経った。
私は今―新選組の屯所でお世話になっている。
総ちゃんが私を連れて帰っても誰も文句は言わなくて、むしろ快く受け入れてくれた。
総ちゃんは私を呼び捨てで呼ぶようになって、少しずつ何かが変わっていっている。

ちなみに、島原では私がいなくなって結構な騒ぎになったらしい。
『もしかしたら見つかっちゃうかも』と言われ、私はずっと伸ばしていた髪を切った。
ずっと長い髪だったから名残惜しいところもあったけど…
総ちゃんといられるなら、それでいいや。
そう言うと総ちゃんは嬉しそうに私を抱きしめたっけ。

今振り返ると、辛いこともいっぱいあった。
何回も諦めようとした。
でも、いいこともあった。
「名前」
また総ちゃんと会えて、一緒になれたんだから。
「何?」
「これ、お土産…覚えてる?」

そう言って総ちゃんが私に渡したのは、
花の冠

「覚えてるよ…前もくれたよね」
「うん、僕もあのときのことはすっごい頭に残ってる」
「私、あのときから総ちゃんが大好きだったよ」
「…僕もだよ」
そう言うと、総ちゃんは私に口付けをした。

私、今すごい幸せだよ。
私がそう言うと総ちゃんは花の冠を私の頭の上に乗せた。





END



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