「…え?」
彼女が他県に進学すると聞いたのは、卒業式の1週間前のことだった。
2つ年上で、高校3年生の彼女。
ずっと手が届かないと思っていて、やっと手に入れたのに―
「…ごめんなさい、斎藤くん…」
彼女はまた、手の届かない存在になるんだ。

「少しの間だったけど、楽しかったわ」
そう言って名前さんはニコリと笑う。
「まだ飛行機まで時間あるから、」
そう、ここは空港。
今日、彼女は旅立つのだ。
「…斎藤くん?」
彼女は俺を「斎藤くん」と呼び続けた。
だが、今日だけは。
「…一と、呼んで下さい」
名前で呼んで欲しかった。
「…一くん」
名前さんは、初めて俺の名を口にした。

刻々と飛行機の時間が迫る。
なのに俺はたいした話もできず、ただ名前さんの話に頷くだけだった。
「あ、そろそろ…」
もう名前さんと会うことは当分無いんだろう。
「じゃあ一くん、また…」
だから俺は、彼女の手を掴んだ。
「…一くん、」
「名前さんは、俺の初恋でした」
俺が言うと、名前さんは驚いたような顔をした。
「名前さん、」
まだ、好きなんです。
行かないで、下さい。
「…頑張って、下さい」
素直になれないまま、
「っ…ありがとう、またね」
言えないまま、彼女は旅立った。

帰りのバス停で、俺は、彼女のアドレスを見つめていた。
消そう。
何度も思うけれど、画面の『苗字 名前』という名前を見るたび、何かがこみ上げてくる。
「……っ」
やっぱり俺はまだ、名前さんが好きだ。
好きだからこそ…消さなければいけないんだ。
そういえば、こんな話を聞いたことがある。

初恋は叶わないと

それは本当だったんだと思いながら、俺は彼女のアドレスを消した。
「…好きでした」
俺は、まだ彼女を忘れることなんてできない。
だけど、いつかちゃんと忘れるから―
まだ、好きでいさせてください。




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