これからもふたりで
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「名前さんを僕に下さい」

思わず笑ってしまいそうになった。
「……ふっ」
まさか、この人が私のために頭を下げるなんて。
「まあ沖田くん、頭を上げて下さい!」
「娘をよろしくお願いします!」
私は見逃さなかった。
頭を下げている沖田さんが、ニヤリと笑ったのを。


「なんであそこで笑うの」
お父さんとお母さんが買いものに出ている間、私と沖田さんはリビングで寛いでいた。
久しぶりに帰ってきたが、やはり実家というのは良いものだ。
「いやちょっと面白くて…沖田さんが頭を下げるなんて!」
「うるさいよ」
「ていうか沖田さんも笑ってたじゃん」
「反対されたらめんどくさいなあって思ってたからね」
「まあ『娘はやらん!』とか言う親じゃないし、猫かぶりの沖田さんなら余裕だよ」
「これであとは判子押すだね」
「そうだね」
ズズ、とお母さんが淹れてくれたお茶を2人で啜る。
やっぱりお母さんのお茶は美味しい。
「おいしいね、君のお母さんが淹れてくれたお茶」
沖田さんも、そう思ったようだ。
…そういえば、母がクッキーも食べてって言ってたな。
「沖田さん、クッキー出すけど食べる?」
そう思い、立ち上がったとき。

「沖田さんじゃないでしょ。君も沖田になるんだから」

グイッと引き寄せられた。
「…!!」
「殴る体制になるのやめてくれる?」
「だ、だって急に…そ、総司が…」
「……」
「………」
なんだ、この甘い空気は。
「と、とにかく離して!こんなところお母さんたちに見られたら、死ぬっ―」
「ただいま名前、沖田くん………あら、失礼したわ」
「…もうちょっと出かけてようか」
「そうねぇ」
「いいから!!」
ああもう、恥ずかしい死にたい。
それはもう、中学時代にお母さんに日記を見られてしまったときより死にたかった。
沖田さ…総司はニヤニヤ笑ってただけだけど。


そのあと4人で夜ご飯を食べた。
久しぶりに食べるお母さんのご飯はやはりとても美味しくて、カレーすら作れない私は、もっと頑張らなきゃいけないんだと思い知った。
泊まっていけとせがむお母さんを断り、総司と玄関に立つ。
「お邪魔しました」
「ほんとに帰っちゃうの?泊まっていかない?」
「ありがとうございます。でも明日少し用があって…」
「まあ…じゃあ仕方ないわね」
「せっかくお誘いいただいたのにすみません」
「いいのよ、また来てね総司くん!」
「はい」
…この人の猫かぶりって本当にすごいと思う。
いつもはあんなに意地悪で性格悪いのに。
「じゃあ名前、またね。体に気をつけて」
「うん、何かあったら聞きにくるから」
「そうよ!お母さんになんでも聞いて!」
「ありがとう」
最後にお母さんの作った煮物を受け取り、私たちは実家を後にした。



「家、どこがいい?」
実家訪問の次の日。
「は?」
突拍子もない急な質問に、ついそんな声を出してしまった。
「は?じゃないよ。新居の話」
それなら最初にそうと言ってくださいよ。
「別に場所はどこでも構わないけど…駅が近くて本屋と洋服屋とスーパーが近いところかな」
「どこでも構わなくないじゃん」
そう言いつつパソコンで物件を見ている総司は、どうせ私の希望通りのところを選んでくれる。
…なんだかんだ、そういうところは優しいのを知っている。
「どんな家がいいとかある?」
「ない」
「じゃあ適当に決めるね」
こういうことは総司に任せておけば間違えない。
「決めた。ここでいいね」
「早っ!」
まさか10秒で決めるとは思ってなかったけど。


そうして引っ越した新居。
「あなたまだまだ新入社員ですよね」
「うーん、そうだね」
「なんでこんな部屋が買えるの!?」
連れてこられたのはセキリュティ万全、50階建てのどう見ても高そうなマンション。
「総司どんだけお金持ってるの…怖い…」
「このマンション丸ごと買える」
「ひぇえ」
そういえば前、総司が両親に「結婚式費用や出産費用は気にしないでください」と言っていたのを思い出す。
…そりゃ気にしないですよね、そんなにお金があるなら。
「どこからこんなにお金が出てくるの…ホストとか?」
「なわけないでしょ。大学時代ずっとバイトしてたからかな。あと株とか」
「絶対バイトじゃなくて株だよ!どんだけ儲けたの!?」
「……………」
「無言で笑わないで!怖い!」
などと言っていると長いエレベーターが止まり、私たちの新居となる25階に到着した。
「…広っ」
その部屋を見てまたしても私が驚愕したのは言うまでもなかった。

「ああ、あとこれ」
引っ越しを終え、本当に広いなこの部屋…と見回っていると、ふいに渡された1枚の紙。
「こんいん、とどけ」
その紙はすでに夫の欄が埋まっていた。
「…これを書けば総司と夫婦になるんだよね」
「そうだね」
「やめとこうかな」
「そう、じゃあね」
「書きます書きますごめんなさい」
さらさら、と自らの名前を書く。
既に証明人のところにはお父さんの名前があった。いつの間に書いてもらったんだ、と総司に問う。
「この間挨拶行ったときだけど」
…さすがだった。

そうして私たちは役所に婚姻届を出した。
おめでとうございます、と職員の人に言われ、少しだけ実感が湧いた。
…この人と、夫婦になったんだ。
「…なんだか不安だ」
「それは僕の台詞だから。君まともに料理できないし。君のお母さんは料理上手だったのに」
「総司だってできないでしょ」
「僕はいいんだよ。でも名前ちゃんはだめ」
「なんでよ!」
夫婦になったにも関わらず、前と同じように言い合いながら帰路につく。
それでも、いいんだ。


これからもふたりで


「…総司、これからもよろしくね」
「こちらこそ、名前ちゃん」
私たちは、こうして夫婦になっていくのだろう。



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