忘れられた約束 ----------------------------------------------------------------------------- その日の夜、夢を見た。 『総ちゃん…私の家、引っ越すって…」 泣いている女の子。 懐かしい、その女の子は― ―そこで、目が覚めた。 「随分と懐かしい夢だなあ…」 あの子は12年ほど前、ここらを引っ越していった女の子だ。 仲が良くて、よく遊んでた。 忘れない、って約束したのに… 「今まで忘れてたなあ…ごめん」 ―この夢がきっかけだった。 「1本! 勝者、斎藤!」 あ、負けちゃった。 「どうしたんだ、総司。 調子悪りぃじゃねえか」 怪訝な顔をして土方さんが詰め寄ってくる。 「んー…なんか、引っかかってる感じがして」 「引っかかってる? 何がだ」 「それが分かってたら悩んでませんよ。 土方さんは馬鹿ですね」 「ああ!? てめえ、」 「ちょっと顔洗ってきますね」 「おい、総司!」 逃げるように剣道場を出、外の水道で顔を洗う。 僕は、何を… 呆然と立ち尽くしていると、後ろからガサッと音がする。 「あ…」 振り向くと、名前ちゃんがいた。 名前ちゃんとはあの日から一言も交わしていない… 「っ、」 そのまま去ろうとする名前ちゃん。 だけど、 「待って」 僕は彼女の腕をつかんで引きとめた。 「…なんですか? 沖田先輩」 いつもとは違う、冷たい言葉。 「…忘れないって、言ったのに…」 呟かれた言葉。 「え…?」 名前ちゃんはハッとすると僕の手を振り払って歩き出す。 その姿が誰かと重なって。 「忘れない…約束…?」 僕の頭の中をぐしゃぐしゃにした。 ―その夜、また夢を見た。 けど、いつもとは違う。 『沖田…』 泣いているのは…名前ちゃん? 『忘れないって…約束したのに』 ―約束? その泣き顔は、まるであの女の子のよう。 僕は飛び起きると、呟く。 「まさか、名前ちゃんが…!」 放課後。 HRが終わると僕は駆けだしていた。 早く、名前ちゃんに会いたい。 その一心だけで。 道場の近くまで来ると、見慣れた後ろ姿が見える。 「名前ちゃん…!」 彼女は聞こえないフリをする。 だから僕は、 「―名前!」 懐かしいあの子の名前を読んだ。 ―振り向いた彼女は、あの子と同じ笑顔を見せた。 「ごめん、約束…守れなかった」 「…馬鹿」 いつもの暴言も、優しい気がする。 「忘れててごめん。 好きだよ、名前」 「…総ちゃん…私も好き」 微笑む名前に、僕はそっとキスをしようとするが― 「触んな馬鹿」 と、平手打ちされる。 …はい? 「痛いんですけど」 「忘れてた罰。 これから私に触るの禁止!」 「…え?」 名前はニヤリと楽しそうに笑う。 「…可愛くない…!」 「そう? じゃあ近づかないでくれる?」 「ごめんって」 「そんな軽い言葉で許すか馬鹿」 「馬鹿馬鹿言いすぎでしょ」 「沖田が悪い!」 「そりゃ僕が悪いけど…って、総ちゃんじゃないの?」 「もうこっちに慣れちゃったから当分沖田でいいだろ」 「え…!」 約束を忘れてた罪は、相当重いみたいです。 「じゃ、頑張って償ってね」 「はいはい…」 NEXT あとがき ← → Back |