それは、わたしが高校3年生のとき。
秋に入ったばかりのある日の夜のことだった。
『名前、俺と…別れてくれ』
「え…今なんて…」
わたしは右耳に宛がっていた携帯電話を思わず落としそうになってしまった。
わたしの彼…斎藤一さんとはわたしが高校2年の頃からお付き合いをしていて、『遠距離恋愛』という難点はあったものの週末には毎週会っていたし、上手く付き合えていると思っていたのに…
それなのに今日、何の理由もなしに突然別れようだなんて。
『別れて欲しい、俺は今あんたにそう言った』
「…嘘、どうして」
もう一度彼に同じことを言われたわたしは、それが空耳でもなんでもなく現実に言われたことなんだと理解した。
それと同時に、わたしの彼への想いの大きさからか、携帯電話を持っていた手がぷるぷると震えだしたのが分かった。
「そんな…急にどうして。わたしのこと嫌いになったの…?」
わたしは一瞬で目に溜まってしまった涙を零さないように、震えそうになっている声を彼に悟られないようにと、精一杯落ち付いたフリをして彼に尋ねた。
わたしのその言葉に電話の向こうで彼が息を一つ吐いたのが分かる。
そして彼はわたしの問いにこう答えたのだった。
『俺はあんたのことがもう…好きではなくなった。だから別れて欲しいと言っている』
「そんな…!どうして急に…!じゃあせめて会って話してよ…じゃないとわたし…」
『悪いが俺はもうあんたと会うつもりはない。俺の部屋に置きっぱなしになっているあんたの私物は後日宅配で送っておく。では、切るぞ』
「ちょっと待ってよ、はじめさん!」
ツーツーツーツー
わたしの言いたいことなんて聞こうとせずに電話を切ってしまった彼。
わたしの耳には携帯電話からの無機質な音が流れ込んで来る。
「なんで…どうして…」
あまりにも突然であまりにも一瞬の出来事に、わたしはしばらく固まってしまっていた。
だけども涙が零れるよりも先に、そんな一方的に別れを告げられるなんて納得できないと思ったわたしは、慌てて彼に電話を掛け直そうとしたのだけど…
『おかけになった電話番号は電波の届かない場所にいるか、電源が入っていないためかかりません…』
機械的なアナウンスがわたしの耳に流れ込んで来るだけだった。
だからわたしは、せめてメールだけでもとメールを送信する。
でもどうして…
わたしの頭の中にはその疑問だけがひらすらぐるぐると回った。
涙が零れそうになったのは彼の声を聞いていたときだけで、今のわたしは涙を流すことを忘れてしまっていた。
それはきっと本当に突然のことすぎて頭が現実に追いついてないからだ。
だって、彼とわたしは、さっきも言ったけれどこの間まで本当に順調にお付き合いしていたんだ。
社会人と高校生。年の差は5つほどあったけれど、話しの内容や趣味は気の合うことが多かったから会うときはいつも楽しくて…
それなのにどうして。
遠距離なのが理由なのかなと考えたりもしたけれど、それでも週末には毎回会えてしまうほどの距離だし。
社会人と高校生だからなのかとも考えたりしたけれど、もう付き合って1年以上が経つというのに今更な気はするし。
分からない…彼は本当にわたしのことを嫌いになってしまったのだろうか。
結論がそれにしか辿りつかなくなったわたしは、本当に嫌われてしまったんだと理解した時、自分の頬に温かいものが伝い落ちるのが分かった。
それが涙なんだと分かったとき、わたしは枕に顔を押しつけて声を押し殺して泣いた。
彼からメールが返って来る気配もないし、もう一度電話しても相変わらずに電源は切られたままで。
それは、わたしが生まれて初めてした本気の恋が終わってしまったことを意味していた。
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