**苗字 名前**
「ふぅ……すっきりした」
私はあの後、研究室から一番近かったお手洗いに駆け込んで、それと同時に胃の中のものを…以下略。
吐いたおかげかなんだかすっきりして、もしかしたら焼肉食べられちゃうかも?なんて思いながら研究室へと戻ろうとした。
皆驚いたかな?後で謝っておかないと。
そんなことを考えていると、前からものすごい速さで走ってくる人物に出くわす。
総司だった。
「そ、総司?なに、そんなに走って」
「名前!ごめん!僕がもっとしかっりしてれば…!だけど、僕、責任はちゃんと取るから!」
「は?なんのことだか分からないんだけど」
「とぼけないでよ!どうして黙ってたの?僕は名前のことが大好きなんだ!何よりも誰よりも大切なんだ!僕にはこれから名前と一緒に人生を歩んで行く覚悟はできてる!」
「…えっと、うん…すごく嬉しいよ?でも、話が見えてこないんだけど」
私の前で立ち止まるなり、いきなりそんなことを言い始める総司。
けれどもちろん私には話しの意図が読めないのであって。
一体、総司は何を言おうとしているのかと考える。
駄目だ。やっぱり総司の言いたいことが全然分からない。
だから私は総司の次の言葉を待つんだけど、次に総司の口から発せられた言葉は私の想像を遥かに上回るものとなった。
「絶対名前のこと幸せにしてみせるから!だから僕と結婚して!!名前!!」
「え、えぇぇぇっ?!それってプロポーズ?!」
え、なんで?!どうして?!
なんで今日?!なんでいま?!どうしてここで?!
言いたいことがたくさんありすぎて、私はただ口をぱくぱくと金魚みたいに動かすことしかできない。
そんな私を見て、総司はこう続ける。
「就職は決まってるし貯金もそこそこあるから不自由はさせないって約束する。あ、でも式は早めのほうがいいよね。お腹が目立ってくる前にドレス着たいでしょ?今週みずきのご両親に挨拶しに行って…あぁ、どうしよう。やっぱできちゃっただなんて殴られるよね、僕。でもそれだけのことしてしまったんだししょうがないよね」
「は?お腹が目立つ?できちゃった?なんのこと?」
それじゃあ私が妊娠したみたいじゃない。
そう思って私が総司にそう言えば、総司は「え?」って驚いたような顔をする。
いや、驚いてるのはこっちのほうなんですけど。
「全然食べてないのに吐くとか言ってたから、皆が悪阻じゃないのって…違うの?」
「悪阻?!どうしてそんな話に?!私は研究室で焼肉する前に千鶴と千とも焼肉食べて来てたから食べ過ぎで吐いちゃっただけで…」
「え?焼肉?行ってたの?」
「研究室に入って開口一番『お昼から戻りました』って伝えたはずなんだけど。お昼から戻ったばかりの女に焼肉を無理に食べさせてきたのはどこの誰だっけ?」
「……まぁそんなことはどうでもいいや。妊娠してなかったなら、今の忘れて。僕、今すごく恥ずかしいから……」
誤解だと分かって安心したからなのか、総司はその場にぐったりとしゃがみこんだ。
そして少し頬を赤くして、頭をわしゃわしゃと掻いている。
あれ、なんだか総司が可愛く思えてきたかも。
「ねぇ、総司」
「なに」
うわ、ちょっと不機嫌そう。
でもそれもきっと照れ隠しなんだろうな。
だから私はいつもからかわれている仕返しでもないけれど、総司にこんなことを言ってみた。
「今のプロポーズだよね?あんなに勢いよく言っておいて冗談だったとか言っちゃうの?」
「なに?僕のことおちょくってるの?……冗談であんなこと言えるわけないじゃない。僕は本気だったの!名前のばか」
か、可愛い…!
いつもあんなに余裕と自信たっぷりなくせに。
私は堪らなくなって、しゃがみこんでいる総司の背中に飛びついた。
「うわっ、なに?」
「よろしくお願いします」
「なにが?」
「さっきのプロポーズの返事だよ!本気だったんでしょ?」
「……」
「不束者ですが、総司さえよければ私をお嫁さんにしてください」
「もう。本当はこんな学校なんかで言いたくなかったのに」
「それでも私は嬉しかったよ?」
「今日のは練習だから…今度するときはもっとちゃんとしたところでするから…」
「はいはい♪」
私が上機嫌で返事をすると、総司は背中に抱きついている私を剥がしてくるっとこちらに向き直る。
そうして私たちがしゃがんだまま向き合う状態になった後、ちゅっというリップ音がするとともに総司に軽く口づけられた。
総司は不意打ちばかりだからずるい。
「ほら、戻るよ。悪阻だとか言ったおバカさんたちの誤解を解いて来ないとね」
「それを信じた総司も充分…」
「何か言った?」
「あ、いえ、なにも言っていませんよ?」
「うん、素直でよろしい」
口づけの後、総司は私の手を取って立ち上がり、そのまま一緒に研究室まで戻った。
色々な表情をして迎えてくれた皆に総司が黒いオーラを放っていたけれど…
そんな勘違いのおかげで、今日は色んな総司が見れたから。
いっぱい総司の愛を感じることができたから。
たまにはこういうのも悪くないかなって思った。
fin.
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