**斎藤一**
総司が苗字のことを好いている。
家に帰った俺はそのことについてずっと考えていた。
(総司…まさか、あんた…)
(そのまさかだよ。どう?幼なじみでずっと名前と一緒にいた僕を出し抜いて彼氏になれたその気持ちは)
(出し抜くも何も…俺は総司が名前のことを好いていたなど…)
(分かってるよ。だからこそ悔しいんだよ。幼なじみなんてしがらみも何もなく名前に気持ちを伝えられる一君が、今は憎くてしょうがないや)
苗字はもちろんだが、総司も俺にとっては特別な存在だ。
『友人』、それもあるが、好敵手、戦友…
なんと例えればよいかは分からぬが、『友人』の一言で片づけられるような存在ではないということ。
どうしたものだろうか。
告白したのは俺の方が先だ。
しかし、知らなかったとはいえ、総司も苗字のことが好きだというのならば。ここは『友人』として正々堂々と勝負するべきではないのか。
そんな考えが俺の頭の中で渦巻いている。
ヴーヴーヴー
静かな部屋に突然に鳴り響く携帯電話のバイブの音。
メールかと思ったが、どうやら着信のようだ。
常にマナーモードにする癖があり、着信もメールと勘違いしてしまい電話に出れないというこもしょっちゅうで。いい加減にその癖も直さなければと思いながら俺は電話に出る。
ピッ
「はい…」
俺は電話に出てから、ディスプレイを確認せずに出てしまったことに気が付く。
電話の相手が誰かも分からぬままに応答してしまった。
しかしその相手は俺のよく知っている人物で、よく聞きなれた声が俺の耳に入ってくる。
『一君、今ちょっといいかな?』
「……総司か。別に構わぬが何用だ」
『あのね、伝えないとダメなことがあるんだ。……僕、さっきに名前告白したんだ』
「……そうか」
『怒らないんだ?自分の彼女に手出されてさ。それに今朝も二人の邪魔はするつもりはないとか言ったばかりなのに』
総司は俺の反応が意外だったようで、電話を通じてでも分かるような声色で驚いていた。
俺自身も、どうしてか『怒り』という感情は湧いて来なく、むしろ総司がそうしてくれて安心している自分がいるようにさえ思えた。
「俺も…総司とは正々堂々と勝負をするべきだと考えていたところだったから…だろうか」
『ふーん。やっぱり一君って真面目だよね。僕が一君だったら、僕のことなんか知らんふりして名前とずっと一緒にいるのに』
「そうだろうな…」
『うわ、何?僕がずるい人間だって言ってるの、それ』
「違う。俺は総司のそういうところが羨ましいと思っているだけだ」
『なんだか…一君じゃない人と話してるみたい。僕のこと羨ましいとか言っちゃうなんてさ』
「……で、これからどうするというのだ」
『名前の返事を待つ…今僕ができるのはそれだけかな。僕が一君に電話したのは、名前がどっちを選んでも恨みっこなしねってことを伝えようと思ってさ』
「そうか……」
総司はそれだけ言うと、『じゃ、僕の言いたいことはそれだけだから』と言って一方的に通話を終了させた。
分かってはいたが、総司は本当に自由奔放な男だ。
故に、朝に言われた『二人の邪魔をするつもりはない』という言葉も端から信じてはいなかった。
苗字……
今頃、俺と総司のことで悩んでいるのだろうか。
それとも、もうとっくに答えなど出ていて、悩むまでもない状態になっているのか。
もしもそうだとしたら、俺は苗字にとってどちらの立場になっているだろう。
想われる側か…斬り捨てられる側か…
to be continued.
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