**沖田総司**
「え…今なんて?」
「あのね、私、一君とお付き合いすることになったの」
朝、僕が学校へ行くために家を出ると、少し前に名前が歩いているのが見えた。
幼なじみだし、姿を見かければ話しかける。そんなことは僕たちにとっては当たり前だったから、僕は特に何か話があるわけでもなく名前に近寄って話しかけた。
そこで名前から聞かされたのは、僕の友達の一君と付き合うことになったていう…
僕にとっては聞きたくもなかった言葉だった。
「え、なんで?名前って一君のこと好きだったの?」
「うーん。好き…なんじゃないかな。だって気が付いたら『はい』って言っちゃてたんだもん」
「そんな簡単に…」
「簡単じゃないよ!無意識っていうのは意識の奥底に眠ってる本音から動いてることが多いって言うじゃない」
僕は名前のその言葉に、頭を鈍器で殴られたような感覚に襲われた。
名前が一君のことが好きだなんてそんなの嘘だ。
ずっと名前のことを見てきた僕が知らないはずないでしょ。
それにしても、だ…
どうして一君も一君で、よりにもよって名前に惚れちゃったのかな。
一君と僕は性格も趣向も全く正反対で、でもそれが逆に心地よかったのに。どうしてだか同じ女の子を好きになっちゃってたなんて。
僕の心が悲鳴を上げているような気がする。
「よかったじゃない…」
「うん。私、誰かに告白されたのって初めてだったからすごく嬉しかったんだ!」
「そうだよね。名前って馬鹿だし鈍臭いしチビだし貧乳だしで、男に受ける要素が全然なかったもんね」
「ちょっとそれどういう意味?!」
僕はイライラしてわざと名前が気にしていることを言ってしまっていた。
どうしてそんなこと言っちゃたのかって考えてみれば、それは多分、今は名前の顔が見たくないと思ったから。
そしたら案の定、僕のことをキッと睨んだみずきは「総司の馬鹿!大嫌い!」って言って、先に走って行っちゃった。
「あはははは…ははは……大嫌いだって…きっついなぁ……」
名前が隣からいなくなって、僕はぽつりとそう呟いた。
今まで幼なじみって関係に甘えて名前の隣にいたから、一君に先越されちゃったんだよね。
それなのに名前に八つ当たりなんてしちゃってさ。
名前が恋愛とかそういう感情に疎いことは分かってたはずなのに。だからこそもっと早く僕の気持ち伝えなきゃいけなかったのに。
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―――――――――――――――
「あ、一君」
「総司か。おはよう」
「うん、お、おはよう…」
学校についた後、僕は生徒玄関で一君と鉢合わせた。
一君は僕が名前のことを好きなのを知らないから後ろめたく思う気持ちはないんだと思う。僕に掛けられた朝の挨拶があまりにも普通すぎて、僕の方が少し動揺してしまった。
「名前から聞いたよ。名前と付き合うことになったんだって?」
「な…あ、あぁ…そうだ」
「おめでとうって言った方がいいのかな?僕、一君が名前のこと好きだったなんて知らなかったなぁ」
「…言っていなかったからな」
おめでとうなんて言いながらも、僕のその言葉の周りには茨のような刺がたくさん刺さっていた。
一君はそういうことに敏感な人だから、すぐに僕の言葉の刺を感じたみたいで、眉間に皺を寄せる。
どうやら僕も名前のことが好きだってことに気が付いちゃったみたいだった。
こういうとき、敏感っていうのはいいことなのか悪いことなのか分からなくなるよね。
「総司…まさか、あんた…」
「そのまさかだよ。どう?幼なじみでずっとみずきと一緒にいた僕を出し抜いて彼氏になれたその気持ちは」
「出し抜くも何も…俺は総司が名前のことを好いていたなど…」
「分かってるよ。だからこそ悔しいんだよ。幼なじみなんてしがらみも何もなく名前に気持ちを伝えられる一君が、今は憎くてしょうがないや」
「………」
「あはは、何言ってんだろーね、僕。じゃあ精々名前と頑張りなよ。今のところ二人の邪魔するつもりはないからさ!」
「総司!!」
僕は気が付けば一君の前から逃げるようにして走り去っていた。
今日はどうしても授業に出る気分になんかなれくて、保健室に入って許可もなくベッドに横たわる。
「沖田君、保健室はサボるための部屋じゃありませんよ」
授業が始まるチャイムを保健室で聞いた後も、僕は教室に行かずに保健室に横たわったまま。
するとそこに保健医の山南先生がやって来て、いつものことながらもやれやれと言った感じで僕に注意する。
まぁ、山南先生の場合はただの体裁上の注意で、僕がこうして保健室にやって来た時は授業を強制することもなくサボらせてくれるんだけどね。
「山南先生…僕失恋しちゃったみたいです」
「おや、沖田君が失恋ですか。珍しいこともあるものですね。お相手は恐らく苗字さんと言ったところでしょうか」
「あははは、相変わらず鋭いなぁ。山南先生」
「傍から見ていれば、沖田君の苗字さんへの執着心は相当のものですからね。それで?告白して振られた…というわけではなさそうですが」
鋭すぎるでしょ。山南先生。
振られた相手を当てるばかりか、振られた形まで当ててしまうなんて。
「どうして分かったんです?告白して振られたわけじゃないって」
「告白して振られたのなら、そんなにあからさまに後悔にどっぷり浸かった顔をする人じゃないですよ。沖田君は」
「そんなに酷いですか、今の僕」
「えぇ…土方君なんかがきみの今の顔を見たら、驚きすぎて腰を抜かすんじゃないでしょうかね」
「言い過ぎじゃないですか。あの人が腰を抜かすなんてありえないですし」
山南先生の言葉で、僕の今の重症加減を改めて認識する。
それほどまでに僕の中で気持ちを伝えられずに終わるっていうのは耐えがたいことなんだ。
「ただ…ですね。沖田君、勘違いされているようですが、恋愛というものは付き合えた方が勝ちなのではないのですよ」
「それってどういう意味ですか?」
「そのままの意味ですよ。恋愛というものは付き合えたからと言って成り立つものではありませんし、彼女の気持ちが沖田君になければ、たとえ付き合えたとしてもそれは形だけの恋人でしかありません。逆もまた然りで、彼女が形だけの恋人を沖田君以外の誰かとしているとするならば、沖田君にも充分に付け入る隙はある…ということです」
山南先生は僕にそれだけ言うと、「私は職員室での仕事があるのでここを開けますが、次の授業はきちんと出るのですよ」と言って保健室を出て行った。
…僕はなんだか目が覚めたような気分になった。
そうだ、山南先生の言っていたことこそが僕が探していた答え。
告白したもの勝ちなんてそんなわけないのに。どうして僕はそんな簡単なことにも気が付かなかったんだろう。
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