今日の実習で珍しく怪我をしてしまい雷蔵が必死に医務室を進めてくるものだから、しかたなく医務室に向かっていた。
「はあ。別にこんな怪我くらいどうってことないっていうのに。」
覚悟を決めて医務室に入ると善法寺先輩がいた。
ああ、この人がいるからここには来たくないっていうのに。
「あれ、鉢屋がくるなんて珍しいね。どうしたの?」
「ええまあ、実習で少し怪我してしまって。」
そう言って腕を見せると手際よく先輩が治療をし始めた。
「鉢屋ってさ、あまり医務室来ないよね。怪我してないわけじゃないでしょ。」
この質問に正直に答える気などないのだけどまるっと嘘言うとばれる気がする。
意外と善法寺先輩って勘が鋭いし、この柔らかな雰囲気のせいで気が緩みやすいんだよな。
「そうですか?あんまり雰囲気が好きじゃないっていうのは確かですけど。」
「薬のにおいとか嫌いなの?」
「まあそんなところです。」
するといきなり善法寺先輩がばっと顔を上げてふわりと笑った。
「よかったあ。鉢屋ってなかなか医務室に来ないし、僕とあまり話さないでしょ?だから僕のこと嫌いで来てくれないのかと思ってたんだ。」
安心した、とつぶやきながら治療に戻った善法寺先輩はひどくうれしそうだった。
嘘をついているのが心苦しくなる。だから嫌なんだ。
「はい。おしまい!小さい怪我でもしたらちゃんと来るんだよ?」
「気が向いたら来ます。治療ありがとうございました。」
「もう。ちゃんと来てよね。」
「それでは失礼します。」
医務室を出てしばらく歩いてから、息を大きく吐き出した。
善法寺先輩と久しぶりの二人きりだったからかなり気を張り詰めてしまったんだろう。
思えばきっと最初からこんな風だった。
先輩の周りはなぜかふわふわとした空気で溢れていてなんだかひなたぼっこをしてるようなあたたかな気持ちになっていた。雷蔵とは違う、安心感を私は感じていた。
それが嫌でいつも避けてしまうし、そのことを勘づかせたくないから嘘ばかりになってしまう。
あの人はいつだって不運で安心なんてできることなんてないはずなのに私はなぜ安心してしまうのだろうか。
(この感覚の名前を私はまだ知らない。)