「草薙さん少し話があるんですけどいいですか。」

そういうと草薙は一瞬驚いた顔をしたが、うれしそうに笑って見せた。今までこんな風に話を切り出したこともなかったし、頼られたとでも思ったのだろう。

「なんや、伏見が話しゆうなんてめずらしなぁ。」

「…まぁこれで最後だと思いますよ。」

「そないな言い方せんといてや。もっと話せばええやんか。」

この言い方でなんの話がしたいのか、草薙さんは気づいたのだろう。さきほどとはまるで違った悲しそうな顔をして笑っていた。この人のそばにいるのは嫌いではなかったけれど俺はもうここにはいられない。
ふと別の方を向いていた十束がこっちに寄ってきた。

「ねぇ、伏見。その話俺らも聞いていいの?だめなら俺とキングは出ていくよ。」

「いえ、いてください。関係あるんで。」

「…そう。なんか聞きたくないような話な気がするなぁ。」

困ったような顔で十束も笑った。
その顔を見ながら俺も困ったように笑った。すると全員が驚いた顔をしていた。そういえば最後に笑ったのはいつのことだっただろうか。もう遠いこと過ぎてわからない。そんなことを考えつつ、すっと顔を戻して俺は話の続きをする。

「それで話なんですけど、俺吠舞羅を抜けようと思います。」

「…そうか。いつかこないな日が来るかもっておもっとったわ。伏見はほんまにそれでええんか。」

「はい。あと、セプター4に入ります。」

「なぁ伏見、抜けるのはかまへん。やけど、わざわざ敵さんのとこいかなあかんのか。八田ちゃんとか騒ぐと思うで。それに俺も伏見と敵同士っていうのはあんまなりとうないんやけど。」

「以前言った通り、青の王直々にスカウトもされてますんで。それに美咲のそばにいれないなら、あの人のところにいたいんです。あの人には俺が必要なんです。だから俺はセプター4に入りたいんです。」

「俺はさ、正直行ってほしくない。けど伏見がそこに行きたいっていうなら止めないよ。」

「俺も同じや。伏見が選んだことやったらとめへん。尊はどないなん。」

「…あの陰険眼鏡も人間だからな。行きたいなら行けばいい。」

俺が敵に行くと言ってもこうして見送ってくれるこの人たちのやさしさはむずがゆくて、もう少しこのままでいてもよかったような気がしてしまう。これだからここは好きじゃないんだ。こんなぬるま湯みたいなところ俺には似合わない。

「伏見、おまえはもう吠舞羅やなくなる。けどたまには顔出しや。飯くらいなら出すさかい。」

「…気が向いたらきます。」

「八田ちゃんには自分で言うんか。」

「そのつもりです。アイツとのことは自分でけじめをつけます。それじゃあ、今までありがとうございました。」


そう言い残して俺は足早に入口へ向かいドアに手をかけた。はやくここを出ないとだめだとそう思いながら。




次に前を見るとそこはBARから出た風景ではなくて見慣れた休憩室の天井だった。そういえばさっき秋山があまりにしつこいから仮眠をとりに来ていたのだ。今更こんな懐かしい夢みるなんて随分疲れているようだった。
がちゃっとドアが開く音がした。ほかの人がいる中でもう一眠りなんてする気が起きなかったので執務室に帰ろうとすると、入ってきた人が近くに寄ってきた。

「おや、伏見くんですか。休憩室にいるなんて珍しいですね。」

室長…? 
なんでこの人こんなとこにいるんだと思い、伏見は大きな舌打ちを一つした。

「部下がしつこかったんで少し仮眠を取りにきただけです。つか、室長こそこんなところ来るなんて珍しいじゃないですか。」

溜息をつき室長の顔を見返すと目を見開き驚いた顔をした。なにかあったのだろうか。

「なんなんですか。人の顔見て。」

「…気付いてないんですか。」

そう言って室長は俺の頬を撫でた。そこで自分が泣いていることに気付いた。
もうあの場所をでてから何年もたつのに夢を見たくらいでなんで涙がでるんだ。わからない。美咲が俺のこと見てくれるのに。この人のそばにいれるのに。何がだめなんだ…。
室長が頬にあてた手で俺の涙をぬぐった。笑ってるのにひどく悲しそうな顔をしていた。

「室長がなんでそんな顔してるんですか。」

「…お願いですからきみはもっと私たちを頼ってください。」

なんで今日の室長はこんなことを言うのだろうか。草薙さんみたいだな。こういうところよく似てる。そういえば、あの時の草薙さんもこんな顔をしていたな。
夢を見たせいかいろんなことが重なる。頬をなでる手が、その悲しそうな笑い方が、いろんなことが重なっていく。そうなると涙はとまるどころかどんどん勢いを増して流れていく。下を向いてこぼれる涙を手で受け止めていると室長にふわっと抱きしめられた。

「伏見くんはつらいですか。ここに来たことを後悔してますか。」

「今更なんなんですか。ほんとに。」

「私にも、少しは罪悪感くらいあるんですよ。あそこを君の戻れない場所にしてしまったことに関しては。」

そういうと室長は伏見をさっきよりも強く離したくなんかないというように抱きしめた。そんな姿を見ていると胸が痛くなるような感じがした。

「戻りたいなんて思ってないです。それに俺はアンタに無理に連れてこられたわけじゃないです。ちゃんと選んでここに俺は来たんです。勘違いしないでください。それともアンタは俺を誘ったこと後悔してるんですか。」

これは本当だ。俺は室長のせいでここに来たなんて思ってなんかない。俺は俺のためにここにきた。

「今のきみを見てると少しだけ後悔してしまいますね。最初であった時のような顔をしていて、つらそうで、今は私がそうさせてしまっているのでしょう。」

室長は勘違いをしている。泣いているせいかうまく頭がまわらない。室長の体に頭をぐりぐりと押しつけながら、必死に考えた。室長のせいでつらいことなんかない。もう俺の世界は美咲だけじゃないと。室長の手を取ったときからもう俺の世界は変わっていってるのだと。どうしたら伝わるのだろうか。

「…ひっく。室長。違う。違うんです。俺は、俺はっ…!」

伝えようとすると俺の嗚咽はひどくなりそのうち過呼吸でも起こしそうな勢いになってきた。

「伏見くん。ゆっくり、ゆっくりでいいですよ。ちゃんと聞いていますから。ほら少し深呼吸してください。」

室長に言われた通り深呼吸をして呼吸を整えようとした。嗚咽も少し収まったようで少しだけ思考がまとまってきた。

「俺。つらくない。つらくないんです。あそこも嫌いではなかったけど。俺はちゃんと選んだんです。ここを。室長のとこを。だから。だからそんな風に言わないでください。」

もう何を言ってるのかもわからなくなるくらい必死だった。そんな俺の頭を室長はなではじめた。少しだけ気持ちが落ち着くようで我ながら単純だと思った。

「今が以前よりもいいと、感じてくれているんですか。」

「吠舞羅よりかはアンタのとこのが居心地はいいです。だから罪悪感とか後悔とか持たないでください。俺がどうしていいかわかんなくなる。」

少しずつ、少しずつだけど、ここに馴染もうと頑張ってはいるのだ。だけど、どうしていいのかわからないことがたくさんあって、その度にあの場所を思い出してしまうだけだ。耐えられないほどつらい場所ではあったけど、嫌いではないところがあって、それはいくら時が過ぎても変わらないものになっていた。

「そうですか。」

室長は安心したような顔を浮かべ、抱きついていた腕をほどいた。そしてまだ泣いてる俺の顎をつかみ顔を上げさせた。俺の涙でぐちゃぐちゃな顔を見てくすっと笑うと、いまだに泣き止まない俺にキスをした。

「え。」

今、確かに唇にやわらかいのがあたったと驚きすぎたせいか、さっきまでとまる兆しの見えなかった涙がすんなりとまった。

「ふふ。とまりましたね。」

「アンタなにしてんすか…。」

「泣き止まないお姫様にはこうするのが1番かと思いまして。」

「姫とかじゃないんですけどっ!」

「伏見くんはかわいいから姫がよく似合いますよ。」

ちゃんと誤解は解けたようなので不毛な会話をスルーしてほっと一息つくと、ひどく眠たくなってきた。だが、忘れていた仕事のことをはっと思い出した。もう戻らないとさすがにやばい。そう思った俺は目をこすりながら執務室に帰るためベッドから降りようとした。すると室長が呆れた顔をしてこっち見た。

「伏見くんその顔で戻るつもりですか。目も真っ赤ですよ。秋山くんたちには私から一言伝えておきますからもう少し寝ていなさい。」

「でもかなり仕事残ってるんです。」

「少しくらいなら彼らもわかってくれますよ。きみがいつもどれだけ働いているかはわかってくれているはずですから。」

そういうと室長は俺をベッドに寝かせシーツをかぶせた。寝る態勢を整えられるとさすがに眠気に逆らえなかった。室長のおやすみなさいという声を聞きながら俺はもう一度眠りについた。今回はきっとあんな夢ではなく、今の室長たちとの夢が見れると信じて。





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