入り口に備えつけたベルの、カランという音が来客をつげ、料理の下準備をしていたティファはそちらに顔を向けた。

「すみません、開店はまだ…く、クラウド!?」
「すまない……油断、した」
夜まで帰らないと告げて仕事に向かった彼が、昼間の今、ここに居るわけがない。忘れ物をして取りに帰ってきたのなら、合点はいく。
だが、目の前にいるクラウドは申し訳なさそうな表情で左腕に手をあてていた。
しかもグローブの下からは、赤い鮮血が滴り落ちている。

「な、何!?どうしたのその怪我…ううん、そんなことより早く手当てっ!」
状況を飲み込めていなかったティファは、はっと我に返ると、慌てて奥の住居スペースへ行き、救急箱を抱え戻ってきた。
理由は後だと言うように、クラウドに座るよう視線を送る。

「あ、いや、傷自体は大したことないんだ。ただ出血が「いいから早く座って!」
その迫力に僅かにたじろぎながらも、近くの椅子に腰を落としたクラウドは、大人しく腕を差し出した。


手当てをしている最中、彼女の顔や雰囲気は不機嫌そうに歪んでいた。
そんな彼女を、クラウドはおずおずと窺いみたが、交わらない視線に、気持ちは僅かばかり沈んだ。


「はい、できた」
「助かった」
「ううん、大したことなくて良かった。マテリア…使えないし…」
「……そうだな」
星の命を削ることになる魔法はもうずっと使っていない。
軽い怪我をしても、絆創膏、薬。個々の自然治癒力に任せる。

それがきっと、本来人の姿なのだろう。

しかし、それだけでは追いつかないほどの大きな傷は?

なまじ魔法の使い方を知っていて、その道具も持っているために、どうしても頭を掠めるマテリアの存在。
使うことができたら、どんなに便利で、安心するだろう。

だが、自分たちはその代償を知っている。
その力の意味も。

だからこそ、負けそうになる己の弱さになんとか打ち勝ち、どうにか踏みとどまった。
しかし、今この手の中にある温かさを失うようなことがあったら。

「ティファ?」
既に応急処置は終わっているのに、いつまでも腕を触り、動かないティファにクラウドは声をかけた。

「クラウドっ!今日は怪我してるし、午後からはお休みしたら?!」
「は?」
「あ、それじゃお客さんに迷惑かけちゃうよね、だったら私も手伝おうか?!ほら、バイクの運転も大変でしょ?!」
「ティファ」
何を言っているんだというような声色で、クラウドがティファの名を呼んだ。
瞬間、彼女の顔は切なく曇る。

「………」
「ティファ?」
「ダメだね、怖いや…。クラウドを失うこと、怖い。だから心配で仕方ない。ごめんね、無茶言って」
ははっと弱々しくティファは笑った。
彼女自身、過度の心配からくる我が儘な願いだとわかっているのだろう。
顔が落ちた。

「ありがとう」
「え?」
「怖いと…思ってくれるんだな」
「………怒るよ」
不愉快に眉を歪ませるティファに、クラウドは密かに安堵する。
「違う、再確認ってやつだ」
「何それ」
ぷくりと片方の頬を膨らませた幼さが残る彼女の仕草に、クラウドは一つ微笑むと、頬の膨らみを押して立ち上がった。
そこでやっと、自分の言動に気づいたティファは、頬をほんのり染めながら、クラウドを恨めしそうに睨みつけた。

「さて。じゃ、残りの荷物を届けてくるよ」
「………」
再び曇ったティファの表情に、クラウドは肩をすかせてみせる。
「大丈夫だ。ここにはティファとデンゼル、マリンがいるんだ。必ず帰ってくるよ」
「……。次怪我したら、家にいれてあげないんだから」
「それは困るな」
「だから気をつけてね。いって…らっしゃい」
「行ってきます」
安心させるように、クラウドはティファの頬に口を寄せた。

そしてドアに手をかける。

「ティファ」
「何?」
「帰ったら先に風呂に入る」
「え?あ、うん」
「飯はそうだな…さっぱりしたものがいいな。それから酒はあまり強くないやつを頼む」
「う、うん?」

「それで今日は、一緒に寝よう」

「………」
クラウドは柔らかく微笑んだ。
普段そんな事細かな予定や注文は言わないクラウドに、首を傾げつつも頷いていたティファは、動きを止める。
暫く優しい顔のクラウドを見つめていたが、漸くその言葉を受け取ると、一気に顔を赤らめた。
「お!お客さん待ってるよ!早く行かなきゃ!」
顔を見られないよう、背中を押して外に出る。
「あぁ、行ってくる」
クラウドはひらりと後ろ手に手を振ると、店の前に停めていたフェンリルに乗り、再び仕事に戻っていった。

「もう…何言うかな、チョコボ頭のくせに…」
見えなくなった後ろ姿に向かって、全くもって関係ないことで彼を責め、ティファは自分の両頬を手で覆った。
そしてフッと笑う。

「約束、ね」
晴れ渡る空を振り仰いで言ったティファの小さな呟きは、クラウドに届くことはなかった。



END
――――――――――
膨らんだ頬を押すところが見たかっただけ←
さり気なさを意識してみた。

普段は別々に寝ている拙宅のクラティです。一緒に寝ようなんて言われたら、意味深に取られてしまうやもですが、この時のクラウドは何も考えてません。ただ一緒に寝たかっただけ。再確認することが出来て嬉しかった、ティファを安心させたかった、というのもあるかもしれません。何かあっても良いですし、寝るだけでも良い。そんな感じです。
…。
そんな感じも良いですよね!?(聞くな)

子供と医者は?ってツッコミはなしでお願いします。←

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