「ヒビキ博士は……。あなたのどこをとって成功体としたのでしょうね」
「……え?」
決められた時間に必ず降るプラントの雨。自然なようで不自然な光景。
ラクスは自宅の窓際でガラスに当たる雨をずっと見つめていた。
その傍らで椅子にすわり、静かに本を読んでいたキラは、まだ心に残る名に、落としていた頭を持ち上げた。

「最高のコーディネイター…」
「ラクス…?」
虚ろのような呟きとその内容に、キラは掛けていたメガネと本を机に置いた。
ラクスは、近づいたキラに微笑みを向けるも、すぐさま元の位置に視線を戻す。

彼女の真意が読めない。

たまにある。
ラクスは自分のことをよく理解しているのに、自分は知らないことがたくさんある気がして…。
同じ時を過ごしているはずなのに。
そういう時は置いて行かれているような感覚に陥る。
母親に行かないでと、泣きつきたくなるような。
たまらずキラは、ラクスの細い腰を後ろから抱き寄せた。
けれどラクスは変わらず、ただ窓を見つめるばかりだった。


「いったいあなたにどんな価値があるというのでしょうね」
「………」
他の誰でもない彼女の言葉だ。
いつも思慮に長け、周りの人を想うラクスの言葉だ。

ちゃんと想いがあることを知っているキラは、動じずラクスの髪に頬を埋めた。

「身体能力が他者より優れていても。智学を他者より知っていても」


「キラはとても………弱いですわ」

「……。…そうだね」
「泣き虫です」
「うん…」
「1人では生きていくことができない……。今のあなたがあるのは。今のあなたの強さは、例えあなた自身の力であっても、わたくしやカガリさん、アスラン…たくさんの人たちとの関わりがあったからこそ」
「うん」

「それなのに、ヒビキ博士…あなたのお父様は、どうしてあなたを最高、成功体と称したのでしょうか。こんなにも不完全で、他者より劣るあなたを」
「だよねぇ…」
キラはゆっくりと息を吐き出した。

彼女の言葉は想いに溢れている。

それは十分にわかっている。
だが、それでも僅かに心の奥底が震えていた。手にも若干力がこもっている。

ラクスからの自分を蔑むような言葉にではない。己が誰よりも優れたコーディネイターとして生まれてきた事実にだ。そしてそれを真っ直ぐ言葉で示されたことに。

自分はまだ。

まだまだ弱いんだなとキラは密かに苦笑いを浮かべた。

「マイクロユニットは苦手で、僕よりアスランの方が上手かったし、先生に怒られるのはいつも僕だった」
悟られまいとおどけて…けれど本当のことを話すと、ラクスはクスクスと笑みをこぼした。
しかしすぐに笑いを収めると、頭を壁に預けて、静かに呟いた。

「わたくしたちと何も変わらない、むしろ弱かったキラ」

キラはその様子に、黙って自分も今だ降り続ける雨に目をやった。

「君はすごいね…」
「………。わたくしは何もすごくありません。わたくしは今、あなたをこうやって傷つけている。本来なら、こんなことあなたに言うべきではありません」
「でもそれはちゃんと僕を想って…想いがあるでしょ?」
「それでも言ってはいけないことはあります。それを分かっていながら、わたくしはあなたにこんなにも残酷な言葉をつきつけた。………ごめん、なさい」
窓の外ばかり見るラクスの表情は窺えない。
そのことが、余計にキラの胸を締め付けた。

この人は本当に…。

「ううん。ありがとう。そんなにも君は僕を想ってくれているんだね」
その一言に、キラの方を振り仰いだラクスの目に、涙が溜まっていた。

「君がそうやって僕を知ってくれるから、僕は安心して自分に向き合える」
「キラ…」
ラクスはキラに向き直り、その胸に顔を埋めた。震える肩を優しく包み込むキラの手はどこまでも優しかった。

「キラ。キラ。大丈夫です。大丈夫ですわ。わたくしはあなたを…」
「うん。ありがとう。ありがとうラクス」


ラクスは暫くキラの胸で泣き続けた。
あやすように髪を撫で、優しく抱きしめるキラの表情は、愛しさで溢れ、穏やかに微笑んでいた。



雨は今も、降り続ける。


END

――――――――――
種運後の新居での話。
キラと長く触れて、政治に関わってその経緯で人々の姿を見て。前よりずっとキラが自分たちと変わらない人であると、改めて実感して。それに苦しんでいるキラが酷く悲しくなったって感じ?←
あと、メガネは趣味ですすみませんww

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