一人。 膝をついたのは、かの約束を誓った地。 一つの旅の終着点。 男の目の前にはいくつもの獣。 「ごめん、みんな。俺、見つけられなかった…」 この世界と向き合ってみたけれど。 何も映さないような瞳は皆を見つめた。 「ピカピ」 「…ピカチュウ?」 ピカチュウがサトシの前へ。 サトシの手持ちだったポケモンたちの中心へ移動する。 一呼吸置いたピカチュウは真摯にサトシを見つめた。 ポケモンと人間。 決して交わることのない生物。 それでもピカチュウは自種族の言葉で悲しさ、嬉しさ、怒り、楽しさ。 今まで沈黙してきた想いを語る。 「ピカ、ピカチュウ。ピカチュウピカ、ピカピ」 (僕、ピカチュウって言うんだ。サトシのピカチュウ…) 「ピカチュウ、ピカピ、ピカチュ」 (でも僕は “僕の意思”でサトシについて行くよ) 「ピカピ、ピカピカチュウ、ピカチュ、ピカ、ピカチュウ」 (サトシ、言ってくれたよね。ポケモンだって個人(生き物)なんだって) ――言葉ってもどかしいね。僕が人だったら、もっと気持ち、ちゃんと伝えられたのかな。 人だったら、サトシ、傷つかずにすんだのかな―― 「ピカチュ、ピッカ、ピチュ、ピカピ、ピカチュウピカ、ピッカチュウ」 (僕たちをちゃんと見てくれて、凄く嬉しいよ。でもだったら、それでもサトシについて行きたいって、僕やみんなの想いは?) ――でもサトシ、今まで旅してきた月日は嘘でも夢でもないだろ? 僕たちは。僕やリザードンやフシギダネやゼニガメ…ポケモンと、人間のサトシ。みんなでバトルして、喧嘩して、泣いて、笑って。そうやって過ごしてきた月日は確かにあっただろ?―― 「ピカチュウピカ、ピカチュ、ピカ」 (サトシ、僕の…みんなの意志を否定しないで) ――その月日はちゃんとサトシにも伝わってるだろ? 言葉とか…種類とか。そんなことで全てが意味を成さないような、そんな僕たちじゃないだろ?……サトシ―― 「ピカピ、ピカピカチュウ、ピカピ」 (みんな、サトシが大好きなんだ) だから僕たちを、サトシの友達でいさせてよ。 それは。 ピカチュウの言葉はどれだけサトシに伝わっているかわからない。 けれどサトシは、ピカチュウやみんなの表情を、はっと何かに気づいたように見つめていた。 −好きでトレーナーの下にいる子もいる…― (そうか…) 「答えはあったんだ」 「ピカピ?」 最初からここに答えはあったんだ。 呟き、俯くサトシをピカチュウが覗き込む。 ピカチュウは目を見開いた。 涙。が。 涙がサトシの顔を覆っていた。 「……。うっ…あ…あ、あっあぁあ……っぅあぁぁあ」 「ピカピ…」 慟哭するサトシにピカチュウもまた、その瞳を潤ませた。 タケシ、俺…。 「ごめんみんな!ごめんっごめん!ごめん!ごめん!!………ごめっ…」 汚いのもお構いなしに地面に伏し、手を握りしめた。 土や草、石ころと一緒に。 世間に絶望して。 でももう一度夢を見た。 拒絶した世界を求めて、これからの答えを得る為に。 その足跡を辿るには、長い永い刻。 けれど、答えは最初からここに。 本当は最初から答えは出てたんだ。 みんな。 「待っててくれて、ありがとう」 みんなは答えを知っていたんだな。 なのに俺を。 ここにくるのをずっと待っててくれたんだな。 「ピカピ!」 「グオー!!」 「ダネフシー!」 「ベーイ♪」 「グライオーン!」 「ブーイ!」 その想いに、それぞれが一つ声を上げると、一斉にサトシに飛びついた。 「求めたものが、初めからここにあったとしても、今までの旅は無駄じゃない。得たものは幾千幾万、必ずサトシの糧になる」 「そうね。サトシが心を閉ざしてた時もきっと無駄じゃない。あの出来事があって、今のサトシがある。あの悲しみがあって初めて、サトシはサトシ自身の理解もできる」 「タケシ…!カスミ…」 入った声に振り返ると、二人が立っていた。 「サトシはこれからどう生きる?どう、世界と生きていく?」 「人って穢かったり、醜かったりするよね。それに反発すればよかったのかな。悲しいって受け入れればよかったのかな。サトシはどう考える?」 「俺は…」 「どんな答えを出そうと、それがサトシの答えでしょ。ならそれが、サトシの世界に対する答え?」 「それがわからないとしても、ここに戻ってきたことがサトシの想いなら…。…よく、頑張ったな」 二人は、跪くサトシに笑顔を向けた。 「おかえり、サトシ」 「おかえり、サトシっ」 「タケシ…カスミ…。……うん」 そんな二人に、サトシは再び瞳を潤ませた。 「ただいま!」 サトシの頬。 弧を描いて落ちる涙は、キラキラと輝いて大輪の花を咲かせた。 と。 みんなで泣き笑う中、急に視界が陰り、見上げた先に、満面の笑みで両手を広げる巨体。 こめかみに冷や汗が流れた。 「うわっカ、カビゴン!お前はちょ、待っ…」 「カンビィv」 「ぐぇええぇえ!」 潰れたニョロトノのような声を出したサトシは、それでも幸せそうに。 みんなに囲まれ笑っていた。 END |