そうよ。結局は自己満足。

クリスマスの日。友達の多い彼だから、予定が既に入っているかもしれないと思いながらも、ダメ元でその日空いてないか聞いてみた。

「ちょっとタマムシシティまで付き合ってほしいんだけど」

と。距離のあるタマムシまであんたの飛行ポケモンで連れてってと。

通信画面上の彼は思案の後、あっさり

「いいよ」

了承した。


タマムシに用事がある訳じゃない。行きたいわけでもない。
ただ、クリスマス、だから。
こんなことしても何も変わらないと思っていても、想い人の彼と、この日を過ごしたいから。
素直に過ごしてと言えないのは、言って拒否された時の恐怖に耐えられないというアタシの意気地のなさと、意地の張り。
こんなやり方ズルいと分かっていても、それが今のあたしの精一杯。
だから、鈍感なサトシがクリスマスの意味を知らなくても。そんなつもりなくても、良いのだ。
クリスマスを一緒に過ごしたという事実があれば良い。

そう、ただの自己満足に過ぎない。

それでも、ダメだと思っていた予想を裏切って、サトシと共に過ごせる数日後のクリスマスに、通信を切った後、高揚する気持ちを隠すことが出来ず、急いでクローゼットと鏡の前に走った。





女の子らしくスカートにしようか迷ってやめた、デニムのホットパンツに白のセーター。髪は結ぶのをやめて下ろしてみた。自分ではどうしたら良いのかまだわからなかったから、お姉ちゃんにお願いして、薄く化粧もしてみた。
よし、と自分の出で立ちに納得して、マフラーと上着を羽織る。

ジム前で待つこと数分。
遠くで咆哮が響いた。
空を見上げると、点のような黒い物体はあっという間に形を織りなし、目の前に赤い飛竜と、それに跨がっていた人間が降り立った。

「よっ」
「ピカチュピ!」
「うん。ピカチュウも」

大人っぽくなった顔立ちと、帽子を被ってラフではあるけれど、いつもと違った服装に、高まる心臓を感じつつ挨拶を返す。

「タマムシでいいんだよな?」
「うん。悪いわね、わざわざ」
「いいよ、俺も暇だったしさ。んじゃ早速行くか。リザードンならひとっ飛びだぜ!」

懐かしい彼の頼れる火竜をよろしくと撫で、その背に跨がった。




「何、買いに来たんだ?」
「ん?あぁ、ちょっとお姉ちゃんにお使い頼まれて。ハナダじゃ買えないのよ。それと所用」
「ふーん」

タマムシシティに着いて数時間。
2、3歩後ろを、後頭部で手を組んで歩くサトシ。
聞いてきた割には、興味なさそうな声。
ずっとこんな調子だ。サトシに声をかけても、こちらに意識が集中しておらず、素っ気ない返事。

まぁ、サトシはただ移動のために来ただけだから、つまんないわよね。

溜め息が漏れた。
カントー1大きいデパートでは、常にクリスマスソングが流れ、中央の吹き抜けには大きなツリーにイルミネーションが光り、手をつなぐ男女が笑顔で横を通りすぎていく。

目だけで横を見やれば、ショーウィンドウに写し出されているサトシとの距離に、冷静さを取り戻しつつあった。

「お、あれなんだ?」
「あ!ちょっとサトシ!?」

これで何回目だろうか。
サトシは目に留まったものに興味を持ち、自分に一言もないままその場に駆け寄る行為を繰り返していた。
今回は群がる群集と歓声に。

「あ!勝ち抜きバトルしてる!うわー面白そう!カスミ、俺ちょっとコレ出るから、お前その間館内回って来いよ!」
「え…。ちょっと待っ!」

けれど非難の声は届かず。
目を輝かせ、エントリー登録すべく、人集りへとその背は消えていった。
彼の相棒のピカチュウだけが振り返って、心配そうにこちらを見上げたが、迷いの後、主人の後ろを追った。

「………」
伸ばしていた手をダラリと下ろして、また溜め息。

そりゃ、そうよね。

誘いに答えてくれたものだから、浮かれていたが、これはデートじゃない。自分には彼の行動を咎める権利はない。
自分の、いつの間にか勘違いしていた思考に自嘲が浮かんだ。
ま、サトシらしいわね。

やるせない想いが無いわけではないけれど、わかっていたことでもある。だから今は自分を放る悲しさよりも、しょうがないという自嘲気味の受け入れの方が強かった。

ここまで付いてきてくれただけでも良い方なのかもね。

そう思い直し。

くるっ

サトシの言うとおり、買うものも無い館内を一人、見て回ることにした。







「じゃ、ありがとう。助かったわ」
「あぁ」
まだ明るさの残る夕暮れ。
身軽な動きで火竜から降りて、礼を言う。

自分勝手なわがままに付き合ってくれてありがとう。
ごめんね、あんたのクリスマスをワザとあたしの都合で使わせて。
でも嬉しかったよ、今日を一緒に過ごせて。

気持ちに似合わない微笑みをひとつ彼に贈り、サヨナラと手を振った。

寂しさが胸の奥でくすぶっているのを気のせいにしたくて、彼を見送ることなく、家へと向かう。


「カスミ!」

その声に振り返ると、リザードンから降りたサトシが、自分の前まで駆け寄ってきた。

「何?」どうしたの?と不思議がっていると、サトシはズボンのポケットを探ってから、「ん」と手のひらを出した。
そこには彼の手のひらに収まるくらいの紙袋。

「え…?」
「メリークリスマス。やるよ」
びっくりして、あんたクリスマス知ってたの。なんて呟いたら、当たり前だろ!と冗談で怒られた。

「…貰って、いいの?」
「うん」

うそ。
信じらんない。
まさかサトシからプレゼント貰えるなんて。

震える手で紙袋を開けると、中には丸く輪になったゴムが入っていた。その一点には可愛らしくタッツーを象った装飾品がついている。
「何がいいか俺わかんなくてさ。カスミ、髪結ぶしと思って…。ごめん、こんなんで……」
「…ううん。そんなことないわ。ありがとう」
後ろ髪を掻きながら謝罪を述べる彼に、驚きでまだ動きの鈍い頭でお礼を言って、はっとする。
「ちょっと待ってて!」
一言言って部屋に駆け込んで、机の上に置いてあった袋を引っ付かみ、もう一度彼の前へ。

渡せるなんて思っていなかった。
渡そうとも考えてなかった。
でも、今なら渡せるかもしれない。今なら素直になれるかもしれない。
「はい」
「え、俺に?」
「うん」

サトシへのプレゼント。
渡すのに、口から心臓が飛び出そうなくらいドキドキした。

中身を取り出したサトシが一言呟く。


「……雑巾…?」


「………。し、失礼ね!マフラーよマフラー!」
「えっ!マフラー!?」

こいつ!
確かにちょっと毛糸がはみ出てたりするかなとは思うけど。
ちょっと歪んでるかなとも思うけど。
でもそれはあたしが、間違えては編み直し、不器用なのを分かって、何日も前から一編み一編み心を込めて編んできたもので。
それを雑巾って言うかこいつは。

「もういいわよ!やっぱり返して!」
渡すんじゃなかったと、恥ずかしさが込み上げて、サトシの手から奪い返そうとする。

「っと」
でもひらりと交わされて。
その勢いに乗って、サトシは雑巾と称したそれを首に巻いた。

「へっ。あったけ…」
「………」
「俺が貰ったんだから、もう俺の物だろ?返さないよ」

静かに雪が舞い始め。
陽が落ちるのが早い冬の外は、リザードンの尾火に照らされる。
それに映ったサトシの微笑みに、キュッと、胸が締め付けられた。
「ホントは、ずっといつ渡そうか迷ってたんだ。そしたらカスミから電話掛かってきてさ、よっしゃって……すげー嬉しかった」
「え?でもあんた全然…」
「緊張してたの!」
サトシは帽子を深くかぶり治して俯いた。

あぁ、だから今日1日素っ気ない返事だったり、バトルに夢中になったりしてたのか。

納得して、だからって一人にさせる?と、自分に負けず劣らず不器用な彼に笑みがこぼれた。

「しょうがないわね。このプレゼントに免じて許してあげるわ。その代わり…」


また可愛くない態度だと思ってる?
でも違うわ。これは、これから素直になるための前置き。

だから聞かせて。あなたの心。



「明日もあたしと一緒に居てくれる?」



喜んで!

ほんのり頬を染めたサトシが、無邪気な笑顔で頷いた。


END

――――――――――
Xmasの次の日は何もない普通の日。なのにサトシは一緒に居てくれるんだって。一部とあるアニメのシーンを意識してみました。気づいた方おられるかな?

101225