一日の疲れを長めのシャワーで洗い流したカスミが、ガチャリとリビングへ通ずる扉を開けると、机の前で背を丸めて何か手を動かしているサトシが目に写った。
気になりつつも、まずは水分補給、と髪から滴る水滴を肩にかけてあるタオルに処理を任せて冷蔵庫を開ける。ひんやりとした中で立てかけてあるミネラルウォーターを一つ手に取り、パキっと蓋を回した。
さすがに、熱めのお湯を浴びただけあって、ごくごくと冷たい水が喉をよく通る。
口を離した時には、すでに半分ほどの水が減っていた。

くるり。

振り返るも変わらぬ光景。
じっとしていられない性格が珍しい。

「何してんの?」
「うわっ!」
よほど熱中していたのか、それともカスミの気配、足音が無かったのか。
声をかけると、サトシはびくっと肩を震わせた。
「ピカチュウ…?に、リザードン、ベイリーフ?」
こそこそと動く手元を見ると、そこにはバラバラの五体。それぞれの特徴を捉えて推測の名前を呟くと、当たっていたのか、サトシはニッと笑った。
「あぁ、フィギュア」
「フィギュア?」
「たまたま貰ったんだけどさ、なかなかリアルにできてて、なんかはまった。だから今集めてんの。まずは俺の手持ち」
「ふーん」

アウトドアなサトシにしては珍しいなと、カスミは特に気に留めることなく相槌を打った。そして、今日もジムバトルを頑張ってくれたポケモンたちに、一日最後の挨拶を言おうと机の上についていた手を離した。

「で、次はお前の手持ちだろー。それからタケシの。ケンジ、ハルカ…」

そんなに集める気なのか。
放浪人のあんたが持ってても、あまり意味がない。
無駄遣いはやめろ。
否定的に言うことはたくさんあるのに、驚きに暮れて、それを伝えることが出来なかった。

なぜならそれは、コレクションの中に自分の手持ちが含まれていたからだ。
いつもポケモンポケモン。ポケモン馬鹿のサトシが自分のことを気に留めてくれていたのかと、カスミの頬は熱を持ち始めた。しかも、タケシやシンジ、数多くいる彼の仲間、ライバルの中で、一番初めに自分の手持ちを集めてくれるという。

確かに。
彼の隣に居るのは自分だ。
しかし、だからと言って、いつも隣に居れるわけではない。バトルや旅先で彼の支えになるのは、ジムリーダーとしてここに居座る自分ではなく、相棒であるピカチュウをはじめとする、彼の友達や、助け、叱る仲間たちなのだ。
何よりサトシは恋愛に生きる方ではない。

それは十分に分かり、気持ちの折り合いをつけている。
だからこそ、たまに帰ってきたときにしか傍にいられない自分を一番に考えてくれたことが酷く意外で、胸の奥がくすぐったい。

手の動きを再開したサトシを背に、まだ揃いきらない彼のコレクションを買いに行こう。彼女のパートナーたちが待つプールへと足を進めながら、緩む口元をそのままに、明日の予定を決めるカスミだった。


END
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日常の一コマ的な。甘くなくてすみません。
鈍感なサトシだからこそ、何も考えずに誰かの名前をテキトーに言うと思っていたから、自分を一番に持ってきたのにびっくりしたカスミさん。本より他人の手持ちまで集めるなんて思いもしなかった。

101211