「ごめん」 本日のジム業を終え、マサラに新しく建てられた自分の新居に帰ると、開口一番、彼女は呟いた。 いきなりなんなんだ? 「ピカ?」 何がごめんで、何が彼女の雰囲気をこんなにも重くさせているんだ?わからず、傍らのピカチュウと目を合わせる。 「何、いきなり」 それともごめんがおかえりという言葉になったのだろうか。 ……んな馬鹿な。 とりあえずは今はまだ自分の中での常識である帰ってきた時の挨拶、ただいまを告げる。 ごめんの理由をすぐ聞きたいところだが疲れた体・精神で、玄関先で話すのは勘弁願いたい。だからそのままリビングへと歩を進めた。 「………………」 「ピー…カー…」 「ご、ごめん」 再び謝罪の言葉を述べた彼女。 もう何が?と聞く必要はない。何故なら目の前の光景がすべてを語ってくれたからだ。 「………」 何がどうなったらこんなことになるんだ…? 朝出るとき、キッチンは真新しいだけあって、ピカピカだったはずだ。 だが、今は見るも無惨な姿になっている。 「ちょ、ちょっと失敗しちゃって!え、えへ」 「ちょっとってレベルか?これ…」 「う…」 「で、飯は?」 「それが〜…できてなかったり…」 がくっ 疲れた体で帰って、一日の楽しみの一つである食事にありつけないこの現実。 なんだか一気に疲れが出てきた気がする。 と同時に腹が限界だと悲鳴をあげた。 「い、今から何か買ってくるわ!」 聞こえたらしい彼女が慌てて財布を握る。 「今の時間どこも開いてないだろ…」 既に時計は9時を回っている。 もう少し大きな街なら3つ4つ開いている店ならあるだろうが、あいにくここはマサラという田舎だ。皆、早々と夢へと旅立つ準備を始めている。 一部例外を除いて。 ごめん…なさい。 自分の言葉で、更に肩を落とし、彼女は俯いた。 昔から料理が苦手なのは知っている。 何年も前に初めてその腕前を見た時は、とてもじゃないが食べられる代物ではなかった。 それが、母さんやタケシ、何よりカスミ自身の努力により、課題は残るものの食べられるレベルにまでなったのだ。 ご飯が食べれないことに彼女を責める気は毛頭ない。家事は彼女の仕事と決まっているわけではないのだから。 どちらもジムを持っている身。疲れているのは一緒なのだ。 「いいよ」 気にするなと彼女の頭にポンポンと手を置く。 そして 「ちょっと待ってろよ」 笑顔を送り、悲惨なキッチンへと足を進めた。 「いただきまーす!」 「いただき、ます…」 「なんだよー、まだ引きずってんのか?!もう気にすんなって!」 「じゃなくて!」 「?」 「………」 「はんはよはっひりひえって(なんだよはっきり言えって)」 「だから!」 「モグモグ…」 「料理さえまともに作れない自分が情けないってゆーか…」 「ゴクゴク…」 「コレにしたってサトシ、簡単に作っちゃうし」 「あるものテキトーに炒めただけだって」 「あたしより美味いし」 「………」 「はぁ…」 「い、いいから食えよ、な?」 「……うん」 相当ショックだったらしい。 あまりクヨクヨしない性格のはずの彼女が、いつになく気を沈めて、ポソリポソリと自分の作ったご飯を食し始めた。 「ピカピ、ピカ、ピカチュ?」 「ん?あ…あぁ、今日もありがとな。ゆっくり休んでくれ」 すると、ズボンの裾を引っ張りながら、眠そうな目で訴えてきたピカチュウ。 休憩もままならないほどたくさんの相手とバトルしたんだ。さすがに疲れたよな。 頭を一撫でしてやると気持ちよさそうに鳴き声あげ、寝室へと姿を消した。 テレビではポケモンを掛けた漫才やらドキュメンタリーなんかを放送している。 それを真剣に見るでもなく、ただ彼女の食事が終わるまでの単なる暇つぶしにあてた。 「今日さ」 夜、独特の静けさ。 普段、そんなのあまり感じないのは、彼女が何かしら話しかけてくれているからなのかもしれない。別にこの静けさが嫌いだとかそういうことじゃない。 居心地の悪さも感じない。 「シンジみたいな仏頂面の奴が来てさ」 そういえばこんなことあったな、思っただけ。 「すげーつえーの。久しぶりに燃えた」 「…よかった、わね?」 「あぁ。でもなんで、こーんな目つきが悪い奴ってあんな強かったりするのかね」 「顔は関係ないでしょ」 眉を指で吊り上げて誰かさんの真似をしてやると、カスミは思わずクスクス笑い出した。 気を使って話したわけではないけど、朝ぶりの笑顔を見れてホッとする。 「よく育てられてたなー」 「…負けたの?」 「まさか。返り討ちだぜ!」 「あーぁ。将来有望なトレーナーを…」 「人生そんなに甘くない!」 「あんたが言う」 ハハハと、幾分立ち直った彼女と笑いあう。 「でも、さすがに疲れたなー…」 「………」 「………」 「………」 「俺さ、別にそのためにお前と一緒になったわけじゃねーよ?」 いきなりだとわかっていても、もう一度訪れた沈黙に乗って、話しを切り出す。 何の話しかは言わなくても彼女が一番わかっているはずだ。 「………」 「そりゃ料理できることに越したことないかもしれないけど、こうやって話すだけでも俺は落ち着く」 「そんなこと…ない、もん」 「そんなことあるんだよ」 「………」 「カスミ頑張ってんじゃん。それって俺のためだろ?」 「当たり前。他に誰に食べさせるってのよ」 「だろ?それで充分だって。少しずつでいいよ。お前のペースで上手くなってくれ」 「……うん」 「さーてと、そんじゃ俺も風呂入って寝るかなー」 言いたいことは言った。 カスミは納得してくれた。 だから彼女の食事が終わるのを見計らって立ち上がる。 すると、すかさず用意されていたらしいタオルと服を目の前に差し出された。 「お疲れさま」 しばし、フワリと柔らかい笑みの彼女とそれらを交互に見つめる。 このまま普通に風呂場へ直行してもいい。 だが、自分たちは一緒になったばかりの蜜月真っ最中。 ましてや、惜しむことなく癒してくれる優しさを見せつけられれば、少しくらい思うところがあっても許されるはずだ。恥ずかしがって一向に了承してはくれないが。 「カスミも、な」 「……え!」 彼女ごとタオルを受け取り、歩き出す。 「行くぞ」 「ちょ、ちょっと!待って待ちなさい!嫌よ!」 「いいの」 「よくなーい!つ、疲れてるんでしょ!」 「平気。逆に元気になるから(笑)」 「放して〜!」 「今日のこと少しでも気にかけてるならおとなしくする」 「ピ、ピカチュ〜…」 「呼んでも無駄。往生際が悪いぞカスミ」 「うぅ…」 意地悪な言い方をしてずるいな俺、と思いつつ、漸く抵抗する力を弱めた彼女に嬉しさが込み上げてきて。 これから始まる甘美な一時に酔いしれるため、浴室へと続く扉をそっと閉じた。 さて、これからどうやって彼女を愛そうか。 END ―――――――――― せっかくサト氏と一緒になったのに、家事ができなくて申し訳ない気持ちと、いつか愛想尽かされるじゃないかという不安。それをサト氏が普通に当たり前にフォローする。 というのが書きたかったのです。あくまで日常的に。 サト氏視点にしたばかりに、カス美の心情をあまり書けなかったのが残念です。 勝手にジム長のうえ、二人は結婚済み。すみません。 元サト氏宅はママさんだけが住んでおります。可哀相だから一緒に住まわせてあげたかったけど、今回はやめときました。お風呂シチュすればラブラブになるなんて思ってないよww |