君の名を呼ぶ

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※サイト40万ヒット記念twitterアンケート企画
(アンケートによって話を分岐させていくという企画でした。)

颯太(そうた)の記憶がなくなったのは1ヶ月ほど前のことだった。
ある朝起きると、颯太のここ20年以上の記憶がなくなってまるで子供のようになっていた。

昨日普通に二人でベッドに入って普通に起きたそんな朝だった。


すぐに医者に診せたが、医者曰く心因性のものとのことだった。
思い当たる節は無いといえば嘘になる。

颯太と同棲を始めて数年。ベッドこそ別々にはしなかったが、恋人と呼べる関係が続いていたかといえば怪しい。
今にして思えば、恐らく俺の浮気にも気がついていたのだろう。

聞いても答えてくれるはずの無い恋人は今日もニコニコと笑いながらこちらを見ている。
颯太の両親が早くに他界していると知ったのも彼の記憶が無くなってからだった。
何も知らされていなかった俺の袖をつかんで「どうしたの?」と首を傾ける恋人は正直かわいい。


こんなかわいいしぐさを取ることは出会ってからまるで無かった。
このまま、いつ元に戻れるかも分からない人間を背負い込むのか、それとも子供に戻ってしまったが元々好きだった相手とこのまま一緒に居るのか判断はつかない。



もう一度、検査入院をするということで久しぶりによる外出した。
入院するとなっても聞き分けの良い颯太はそのまま俺から離れてベッドに座っていた。

正直言って誰かに相談したかったのだ。
俺は二人の共通の友人で、俺たちが恋人だと知っている南野を呼び出した。

場所は半個室タイプの居酒屋にした。

最初に頼んだ生中を一気飲みした後、俺はここ一ヶ月の出来事を話した。

それに驚くことも無く、南野は「ふーん」と返した。

「なんだよ、それ」
「だって、いつかは何かあるって思ってたしな」

さすがに颯太が耐えられなくなって記憶飛ばすとは思わなかったけど、そういいながら南野は出された焼き鳥をくわえる。

「逆に俺は颯太の両親のこと知らなかったって方が驚きだね」

お前ら何年一緒にいるんだっけ?南野は意地悪くニヤニヤと笑う。

「そもそも、その程度だったんじゃねーの。
颯太はドライっていうか淡白っていうか、そういうとこあったから」

半ばやけくそに言うと、南野は食べ終わった焼き鳥の串を置いてそれからまじめな顔をして返した。

「いや、颯太お前にべたぼれだっただろう。」

その言葉にガーンと殴られたような衝撃を受ける。
だって、あいつはべたべたしたのも好きじゃなかったし、予定がつぶれても「あっそう。」で終わりだし、そもそも何かをして欲しいって言うことも無かったし俺が香水の匂いをべったりとつけて帰ってきてもどこ吹く風だった。

「泣いてたぜー。颯太いつも」

俺の心を読んだみたいに南野が言う。

「いつも、寂しいって颯太ないてたよ。お前がこれ以上離れてしまうんじゃないかっていつも泣いてた。」

それから南野は半分ほど残っていたジョッキを空にした。

「なあ、子供に戻った颯太がかわいいってさっきから言ってるけど、お前は颯太の記憶が戻って欲しいのか?」

南野は意味ありげな笑いを見せた。

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